毎年1月にラスベガスで開催される「CES」は世界最大のITと家電のショーだ。近年は自動車会社の出展も増えており、メルセデス・ベンツやトヨタなど世界の主要自動車メーカーが勢ぞろいする。ところが2022年に開催された「CES 2022」は新型コロナウィルス・オミクロン株の急激な感染拡大の影響を受けて大手自動車メーカーのほぼすべてが出展を取りやめた。会場で唯一目立っていたのは新型コンセプトEV(電気自動車)を発表したソニー程度で、自動車を目当てに会場を訪れた多くの来場者から落胆の声が聞かれた。だが、そんなメジャー不在のCES 2022で、実は未来の自動車の姿を垣間見ることができたのだ。
ソニーによる新型EV車「VISION-S 02」
2020年に発表されたEV「VISION-S」は、あのソニーがついに自動車業界に参入を始めたということで大きな話題となった。VISION-Sは、33個のセンサーを搭載し自動車の周囲の状況を常に監視し、自動運転にも対応。
また、高度なインフォテイメントシステムにはソニーのAV技術も多く採用されている。市販化の予定はなくソニーのモビリティーに対する取り組みをアピールするEVだったが、その後は実車を使ったテスト運転なども行われた。
それから2年後の2022年に発表された後継モデル「VISION-S 02」は車体を大型化したSUVタイプとなった。搭載されるセンサーは40個に増え、広くなった車内ではより臨場感あふれるエンタテイメントを体験できる。
自動車としての完成度もより高まり、このまま公道を走っている姿を見たら、市販されている自動車との区別はつかないだろう。VISION-S 02も今後数々のテストが行われる。ソニーとホンダが提携したことで、日本発の自動運転EVの登場も早まりそうだ。センサーの感度アップや5Gを使った自動運転支援機能などを高めていく予定だ。
ベトナム初の自動車メーカー「ビンファスト」
異業種から参入したソニーの自動車からは遠い未来の自動車の姿を感じ取ることができたが、より直近となる数年後の姿を感じさせてくれたのが「ビンファスト(Vin Fast)」だ。
その名前は日本人にとってまったく馴染みのないものだろう。実はビンファストはベトナム初の自動車メーカーである。ベトナムは今やサムスンなどのスマホ工場が立ち並び、IT製品の輸出国として世界中に存在感を示している。脱・中国を図るIT企業がベトナムへの移転を進めているほどだ。
ビンファストは、そのベトナムで立ち上がった自動車メーカーだ。創業は2017年とまだ5年の若いメーカーでもある。同社はベトナム最大のコングロマリット(他業種複合企業)であり、以前はスマホメーカーとして「ビンスマート」を持っていたが昨年撤退。
中国メーカーが市場を制覇したスマホ市場をあきらめ、EVや自動運転など技術革新により市場のパワーバランスがこれから大きく変わるであろう自動車産業に注力をはじめたのだ。現在はガソリン車も生産しているが、2022年中には全ラインナップをEVに転換する予定だ。
ビンファストはすでにEVの生産も行っており、自動運転関連技術の開発にも力を入れている。CES 2022で展示されていた同社の自動車の完成度は大手メーカーとそん色もなく、2025年の年間生産台数50万台を計画している。トヨタの2020年の年間生産台数7900万台弱に比べれば規模は小さいが、価格競争力を武器に東南アジアで一番の自動車メーカーになることを目標にしている。パンデミックがおさまり自由に海外旅行に行ける日が復活するころには、タイやマレーシアへ旅行に行くとビンファストのタクシーやトラックが走り回っていることだろう。
LGのボックス型の自動運転車「オムニポッド」
展示を取りやめた企業は、オンラインイベントで映像を使い新しい自動車のコンセプトを見せていた。その中でも実用性が高いと感じられたのがLGの「オムニポッド」。移動する空間そのものを個人の好みにカスタマイズできるボックス型の自動運転車だ。
オムニポッドは車内の壁や天井に大型ディスプレイが内蔵されており、移動中に映画を見たりオンライン会議に参加もできる。さらにはフィットネス動画を流してその場で運動をすることも可能なわけだ。オムニポッドはもはや自動車ではなく、自分の部屋がそのまま移動空間になるのである。自動運転が当たり前になれば、いまや自動車は流線型をした形である必要はなく、むしろ居住空間としての快適性が求められるようになるのだろう。
次世代の都市型交通網「Vegas Loop」
ところでアメリカと言えばクルマ社会であり、都市内での移動も電車や地下鉄がなく、自家用車やタクシー、バスに頼るところが多い。ラスベガスも典型的なクルマ社会で朝夕のラッシュ時の渋滞はひどいものになっている。
そこでラスベガスの主要エリアを地下トンネルでつなぎ、そこに排ガスのないEVを走らせようという「Vegas Loop」プロジェクトが始まろうとしている。手始めにCES 2022の会場の3つのホールの間にトンネルが掘られ、テスラを毎分間隔で運転するテストが行われていた。
テスラには運転手がおり手動で運転されていたが、Vegas Loopのトンネル内には交差点や信号もなく、クルマに乗り込み出発すれば、あとは目的地まで止まることなく数分で到着した。やろうと思えばすぐにでも自動運転も可能だろう。またトンネルから地上に出てくればそのまま地表の道路を走ることもできるので、目的地にダイレクトに到着することもできる。
なお、トンネル内には4Gと5Gの電波が飛んでおりテスラの自動運転制御も問題ない。来年のCES 2023では運転手のいない無人自動運転が行われることだろう。
地下鉄は大量輸送に適しているが、建設費が高い。大都市では地下鉄は必須の交通機関だが、中級クラスの都市で道路の渋滞に悩まされる場所では、Vegas Loopのように地下トンネルを掘りEVを走らせたほうが運営も含めた総合コストは安上がりなのかもしれない。自動運転なら数メートル間隔で自動車を走らせることが可能になるため、小型バス程度の輸送力は確保できる。
地上の道路を走るのとは異なり、専用トンネルなら歩行者やバイクなどとの接触の心配は不要であるし、対向車との衝突の可能性もない。地下トンネル交通システムが実用化されたころには、テスラだけではなくソニーやヴィンファストのEVもトンネル内を自在に走っていることだろう。そしてあと10年もすれば、自宅を出てオムニポッドに乗り込み、移動中に好きなことや仕事を済ませている間に目的地まで自動で到着している、という世界が実現しているかもしれない。家庭の電話がスマホに進化したように、10年もすれば自動車の概念も今とは大きく違ったものになっているに違いない。