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香りの世界への誘い

なぜフィレンツェは香水の都なのか?

author: なかやま ひろdate: 2021/11/11

Pitti Fragranze には出展していなかったけれど、フィレンツェ滞在中に見学に伺った 3 つのブランド ー Santa Maria Novella、Lorrenze Villoresi、Sileno Cheloni ー を紹介します。それぞれ切り口が異なり興味深いですよ。諸説ありますが、香りの歴史はフィレンツェから始まったと云われていますので、フィレンツェの過去、現在、未来を香りで見ていきます。

歴史 - Santa Maria Novella

香水、特にニッチブランドが好きな方で Santa Maria Novella を知らない人に会ったことはないくらい有名です。しかし、実はその名声はほんの 20 年ほど前から世界中に知られるようになりました。

Santa Maria Novella は、「Santa Maria Novella 教会・広場」に隣接する世界で最も古い薬局のひとつです。1612 年にフィレンツェでドミニコ修道僧によってオープンしましたが、その歴史は 13 世紀まで遡ります。ドミニコ修道僧たちが教会の中庭に草花を栽培して、修道院にある薬局で薬剤・鎮痛剤等を調合した製薬活動が起源となっています。

来店者が必ず写真を撮るエントランスのディスプレイ

薬局のオープンが 1612 年というのは一般にオープンされた年で、それまでの約 400 年の間は教会に立ち寄った名士などの VIP が利用していたそうで、教会からそのまま薬局に入れるようになっていました。一般に公開されたタイミングで、公道から直接店内に入れる現在のエントランスが作られたとのことです。割愛しますが、Santa Maria Novella の建物自体にも歴史のストーリーが感じられ、当時の社会・経済情勢の記録を見ることができます。

薬局のカウンター

最初に Santa Maria Novella を欧州中に一躍有名にした出来事は、フィレンツェの名士令嬢のカトリーヌ・デ・メディチが 1533 年にフランスの女王として嫁ぐ際、修道僧に命じて香水「Acqua di Colonia」 aka Acqua della Regina(王妃の水)調香させたことです。彼女がフランスの女王として嫁ぎ、その後フランスから他の国々にも伝わったとされています。この香水の処方箋が、コロンの誕生地とも言われるドイツのケルン(コロン)にも伝わったとも言われています。

19 世紀後半までは修道僧、その後、ステファニー家、現在はエウジェニオ・アルファンデリーに運営権は渡りましたが、伝統を受け継ぎ、可能な限り高品質な天然原料を使用し、手作りの製法を守っているそうです。製造自体もほんの数年前まで、本店の 2 階で行われていたそうですが、今では郊外に移りました。

現在は一般公開されていませんが、旧薬房だった場所・製造工房に案内していただきました。自社で開発した製造機器などの歴史的な道具・機械が展示されたミュージアムになっていて、ガラス製器具、アンティーク陶器、銅やブロンズ製の道具類など、歴史を物語る品々に触れることができます。特に抽出機は面白かったです。

自社で開発した抽出機

また、そこから見える中庭は草花の栽培だけでなく、歩くことでハーブを目で楽しみ、その香りを鼻で楽しむために作られたそうです。薬の処方だけでなく、心のヒーリングができると担当者がお話しくださいました。

現在は自社商品だけでなく、他社とのコラボにも力を入れ、京都の老舗お香屋さん松栄堂とのお香商品、ロシアの紙香など、薬局の本来ある姿、癒しの商品のラインアップを増やしています。

「Acqua di Colonia」を日本に戻ってから肌に乗せたのですが、2013 年に訪問したケルンにある「4711」や「Farina」のブティックに引き戻される感覚を覚えました。スプレーからモロキュールが噴射され、肌に乗るような繊細さと軽やかな香りは、その後に続くイタリアの香水に多かれ少なかれ影響を与えていると感じます。

教育 - Lorenzo Villoresi

フィレンツェに行くのならと、訪問を薦められたのが MISEO VILLORESI です。こちらは調香師 Lorenzo Villoresi さんが 2019 年に開設した予約制の香水美術館となります。早速、メールで予約を入れたのですが、コンファメーションが取れたのは訪問の 2 日前でした。

当日は、入り口からブティックを通って、サロンに招待されます。この流れ、前述の Santa Maria Novella で中世の VIP が香水を購入するのと同じように、ゆっくりと香りを選ぶショッピング体験です。生産も自社で行っており、Lorenzo さんは当日籠って創作活動をされていたようです。珈琲をいただきながら、とても気さくな奥様の Ludovica さんにお話を伺いました。

フィレンツェで生まれ育った Villoresi さんは、大学で哲学を研究していた哲学者で、過去から未来への人類のアーキタイプ(原型)、つまり人に強い関心があるとのことです。もともとアロマの原料にも興味があったようですが、中東への旅で、スパイスやエッセンス、香料などに魅了され、調香の勉強を始めます。Fendi など他社のカスタムメイドのフレグランス製作に従事した後、1990 年に自身のメゾンを設立。UOMO と DONNA は初期の作品として今も人気商品です。

ニューヨークタイムズ紙の記事

ブランド「Lorenzo Villoresi」はニューヨークタイムズ紙で評論家 Chandler Burr さんより高評価を得たこと、2006 年に調香師のキャリアを称える「Prix François Coty」で受賞したことをきっかけに注目されるようになりました。

Lorenzo さんの洗練された作品はもちろんながら、やはり見所は美術館です。いったん手放した後、買い戻したという彼のお婆様の住宅は、ご家族の歴史も残った立派な建物です。

香りにおいても、私が訪れた美術館で一番包括的な香りの美術館ではないでしょうか。場所をサロンからコートヤードに移動して、フィレンツェでは普通見ることのない草木花も含め、香水の原料となるハーブや柑橘系が多数並んでいます。仕事場のある 2 階からエレベーターで地下の美術室へ。

香水の原料から液体に生成された精油だけでなく、原型の展示もあり、デジタルの活用で香りの世界をインタラクティブに体験することができます。香りの歴史、嗅覚のシステム、香水が誕生するまでの過程、使用されている希少な原料、香り、魅力、香水に関わるすべて雑学として学ぶことができます。

MISEO VILLORESI 写真:Lorenzo Villoresi サイトより

Ludovica さんによると、今後は美術館のガイドツアーだけでなく、テーマを決めたプログラムや嗅覚のトレーニングなど香りの教育に力を入れたいとのこと。ワークショップなどのイベントも企画しているようです。私が開催しているお香創作ワークショップも検討いただけることになりました。

美術館見学の後は、ブティックに向かい、ゆっくり時間をかけてお気に入りの香りを選ぶこともできます。香料などを学んだ後なので、デパートなどで購入する時とは異なる購入体験となるでしょう。ガイドブックには載っていないけど、フィレンツェに訪れたら、必ず寄って欲しい美術館です。

体験 - Sileno Cheloni

MUSEO VILLORESI と同じ道沿いにブティックを構える Sileno Cheloni。重厚感があり、少し敷居が高い感じがしました。一度目はスルーしてしまい、二度目はランチ休憩、ようやく三度目に扉を開けることが叶いました。入ってみると、そこにいたスタッフはとてもフレンドリー。

Sileno Cheloni さんの作品

前述のふたつのブランドより重く、複雑さを感じる香りでしたが、調香体験の観点では面白いブティックです。店内には 3 つのステーションがあり、お香から始まり、Sileno さんが調香した作品、調香オルガンとなっています。壁一面には天然と合成の香料がぎっしりと飾られており、展示してある香水に使用されてある香料のほとんどが試香可能で、何が使われているかがわかります。

お香も Sileno さんがキュレートしたブレンドの中からの選択ですが、配分はご自身で決められます。調香オルガンではご自身で調香もできるようになっています。一時期もてはやされた Bespoke 体験、つまりパーソナライゼーションに力を入れているように感じました。

やはりフィレンツェは香水の都だった

3 つのブランドで発見した共通項ですが、シングルノートに近い形で、ひとつの香料が注目される調香、どこかで目にした表現だとモノトーン。例えば、ムスク、サンダルウッド、パチュリなど、香料名はそのまま作品(商品)名として使用されていることです。

これは、ここ数年の間にローンチしたニッチブランドでも見受けられるトレンドでもあります。そういえば、Parle de Moi Paris の Benjamin さんが数年前に複雑さを取り除いた香りが受け入れられるようになったと話していたことを思い出しました。

コロンはドイツのケルンが発祥の地とも言われていますが、もしかするとここフィレンツェなのかもしれません。故に「香水の都」だったのでしょうが、香水を購入するだけでなく、ひとつの街で、趣の異なる香水の楽しみ方 ー 歴史、教育、体験 ー を伝える 3 つのブランド、フィレンツェを訪れる際はぜひ寄ってみてくださいね。

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香りのコミュニケーター
なかやま ひろ

香りのコミュニケーター。Project Felicia 代表。ニューヨーク・ロサンゼルス・パリ・シンガポールと海外でのキャリアが長いマルチワーカー。元広告代理店 IW Group、JWT、Burson-Marsteller、元人材会社デジタル担当、元香料会社ジボダンマーケティング担当。2017 年夏、活動拠点を日本に移し、日立製作所、Google、現在外資 CRM 企業会社員。「源氏物語が体験できるお香『Six in Sense』」を自社ブランド「Bridge and Blend」でプロディース。クラファン「Kickstarter」と「Makuake」でチャレンジ。五感を使ったマーケティングが求められる今「香り」の可能性を日々追求中。
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