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アート

「私たちが見ている世界のアングル」はそれぞれ違う

くらちなつきは何を想い、何を見るのか

author: Beyond magazine 編集部date: 2024/11/27

美術大学を卒業後、イラストレーターとして広告、ウェブ、雑誌などさまざまな媒体で活躍。アパレルブランドとのコラボレーションやテキスタイルのデザインも手掛け、その傍らで陶芸作品の制作・販売も行っているアーティスト・くらちなつきさん。
 
カラフルでありながら穏やかなトーンの色使い、人物や動物のストーリーを切り取るアングル、個性的な人物が纏う衣服のセレクトなど、くらちさんの絵は鮮烈な印象を残す。その目に、世界はいったいどのように映っているのだろうか。
 
そこで、金木犀の香りのする秋の高円寺で、自身の作品を風景に合わせてセレクトしてもらいながら、くらちさんの“視点”に迫る旅に出かけた。
 

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くらちなつき

イラストレーター。武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、広告、ウェブ、雑誌など様々な媒体で活動中。アパレルブランドとのコラボレーションやテキスタイルのデザインも手掛ける。イラストのほか、陶芸作品の制作も行っている。

Instagram: @natsuki_kurachi
X: @NatsukiKurachi

「絵を描くのは大好きだったから継続できた」。コンプレックスだらけの学生時代

「物心ついたときからずっと絵を描いていました。だからどのタイミングで絵を好きになったのか、はっきりわからないんですよね。動物が好きで、小さい頃は動物の図鑑を観て、絵を描いたりしていた気がします」

「忘れてしまっていることも多いんです」と笑いながら、くらちさんは少しずつ記憶を掘り起こしていく。

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「両親は、いわゆる高学歴というか。親戚にも勉強ができる人が多かった。でも私は勉強が本当にダメで、何時間やっても身につかなかったんです。運動も苦手だったし、今はこうやって初対面の人とも話せるようになったけど、もともと人見知りすぎて人と全くしゃべれなくて。一人っ子だからコミュニケーションを取る相手も少なかったんですよね。

大学は武蔵野美術大学に行っていますけど、周りには学歴が高い子が多くて、話についていけない瞬間もありました。『自分は何もできないんだ』と思いましたね。コンプレックスだらけ。でも絵を描くのは唯一と言っていいくらい、大好きなことだったから継続できたんです」

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「珍しい色の植物ですね。きれい」と、くらちさん

そう語りながらも、美大の受験は過酷なものだったと言う。

「中学1年生から個人の塾に通って、デッサンの勉強を始めました。“受験勉強としてのデッサン”です。美大は倍率も高いので、他の絵を描いている時間がないくらいデッサンに打ち込まなきゃいけない。しかも勉強なら順位をつけられるのは仕方ないと思えるけど、絵も順位をつけられる。全員の前に全員の絵がバーンと並べられて、先生の講評があって、順位が出るんです。メンタル的にもしんどかったですね。受験勉強だから楽しくないのは当然なんですけど」

過酷な受験を乗り越えた先の美大でも、くらちさんは大きな決断を迫られることになる。

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感覚で絵をセレクトしていく、くらちさん

「塾の先生が勧めてくれて、油絵を試しにやってみたんです。中学校3年生くらいですかね、油絵を触って油絵の具って楽しいなと思った延長で『油絵学科』を選びました。でも、入学したのはいいものの、それを仕事にして、絵画を売って画家として食べていくのは無理なんじゃないかと思うようになって。自分もそれを望んでいないことにも気づいたんです。

イラストはもともと好きだったし、『雑誌の挿絵がカッコいい』と思うことが多かったから、大学2年生で油絵をやめて『イラスト』に集中することにして。最初のうちはイラストってどういうものなのか、どういう絵を描けばいいのか、ずっと探っていました」

“美大出身のアーティスト”という肩書きだけを見ると、つい好きなことを仕事にして人生を真っ直ぐ歩んできたように感じてしまうが、くらちさんのその道中は決して平坦ではなかったことがわかる。そして、くらちさんはイラストレーターとして孤独な探求を始める。

「多分めちゃくちゃでした」。イラストレーターとしての孤独な探求

「最初から自分の画風やスタイルを固定して描いている人ってめっちゃ少ないと思うんです。美大に入るためのデッサンは見たままを描かなきゃいけないもので、それを周りも必死でやっている状態だから。自分も『イラストレーターになろう』と思ってから、作風を考え始めました。周囲ではちゃんと就活して就職する人も多かったので、先が見えない不安もあって。頼れる人もいないし、孤独でした。大学を卒業してから間もないときは、会社で教えてもらうこともなかったのでビジネスメールの書き方もわからないし、多分めちゃくちゃでしたね。本当に世間知らずだったと思います」

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イラストを始めた当時は、現在も活躍するイラストレーター兼アートディレクターである大塚いちおさんや、雑誌『イラストレーション』で紹介されるアーティストに憧れを抱きつつ、それでも特定の誰かに師事することはなかったそうだ。

「好きなイラストレーターはたくさんいますけど、好きになりすぎるとその人の画風に寄ってしまう気がして、それが怖いんです。オリジナリティも必要な仕事なので。実は結構絵柄も変わっているんです。最近もちょっとずつ変わっていて。どんどんブラッシュアップしている状態なんです」

くらちさんの絵を知る人であればすぐにイメージできる画風も日々更新されている。

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「5、6年前くらいからざっくりと今の画風が固まってきたと思います。その時期からiPadを使い始めたんです。それまでは絵の具で描いていたけど、仕事の面とか考えるとiPadの方がやりやすいだろうと思って。最初は慣れていなかったのでひたすら練習しましたね。慣れてくると本当に便利で、手書きのような絵も描けるんです」

そう言うと、くらちさんはその場でiPadを出してさらりと絵を描いてみせてくれた。

「本当にテキトーですけど、お花を描いています。すぐに修正もできるし今はiPadで描くのが一番楽しいですね」。そう話しながら、慣れた手つきで絵を描いていく姿に、「すごい! こんなふうにさらっと描けるなんて羨ましいです」と声を漏らすと、くらちさんはこう続ける。

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「みんなももっと気軽に描いてみればいいと思います。例えば高円寺の駅前を描くとして、空に何が浮いていてもいいじゃないですか? 私だったら現実にないものを描いたりするかもしれないです。リボンでぐるぐる巻きになっている駅とか(笑)。全くルールなんてないので、やれることは無数にあるんです。もちろんお仕事であればクライアントさんと相談して決めていくことも多いですけどね。色鉛筆のセットや鉛筆と消しゴムだけでもいいですし、100均で揃えられる画材もあるので、そういうところから始めてみるのもいいと思います」

絵を描くことに苦手意識を勝手に抱いていた自分に気づき、ハッとしてしまう。絵を描くことの自由さを深く理解し、イラストを描き続けているくらちさんはその傍らで陶芸作品の制作・販売も行っている。実際に手を動かして作り、モノを所有する魅力はどこにあるのだろうか。

画像提供:くらちなつきさん

「陶芸も成形から自分でやって、陶芸教室に行って釜を借りて焼いています。立体物を作るのもすごく好きで、子どもの頃からよく粘土で遊んでいたんです。大学で陶芸のサークルに入っていて、周りにご飯を食べる器などにこだわる子も多くて、そういう子たちの話を聞いたり、いっしょに遊んだりしているうちにその面白さが増していって。その派生でトライしてみたんです。手を泥だらけにしてコネコネしていると意外と息抜きにもなって。イラストと陶芸で頭の中の切り替えができるから、慣れたら良いバランスでできています。

自分の生活の中で使う陶器には今のところこだわり切れていないんですけど、たまに益子焼や作家さんの作品を使うと、生活が楽しくなりますよね。ご飯もおいしそうに見える。『青い器』と『食べ物』は合わなさそうだけど、実際に使ってみると緑の野菜がすごくきれいに見えたりするんです。絵とも近い感覚があるかもしれません。それに、実際にモノがあると記憶に残り続けますよね。記憶ってどうしても薄れていくけど、モノはそんな記憶を繋げておいてくれる」

そんなくらちさんに、これからイラストレーターを目指す人に伝えたいことを尋ねてみる。

「“もともと持っているもの”を活かしている感覚」。ミックスとインプットの重要性

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「私の場合は自分の好きなものを掛け合わせているイメージで、好きな映画の要素や古着、服の要素などをミックスして描いています。そういった自分の“もともと持っているもの”を活かしている感覚はありつつ、一方でインプットはすごく大事。私は映画が好きなんですけど、もともと怖いものが本当に苦手でホラーは一切観てこなかったんです。でも、ここ数年の間に頑張って観ていたら、徐々に面白さに気づいてきて。最近好きなのはマイク・フラナガン監督の作品です。映画だと『シャイニング』の続編の『ドクター・スリープ』を撮っていたりします。彼の撮るホラーは怖いだけじゃない。めちゃくちゃ泣けるんです。そのバランスが好き。お化けのデザインも神秘的ですごくカッコいい」

そう言うとくらちさんは「絵は趣味でもあるので、最近はマイブーム的にホラーの絵を描いてみたりしています。それをインスタに載せたら、見てくれた人からお仕事に繋がったりもして。怖い作品を作りたいわけではなく、ストーリー性のあるものを作りたくて、この人は『もうすぐ襲われるんだろうな』という雰囲気ですよね」と、うれしそうにその絵を見せてくれた。

「年を取っても、いろんなものに興味を持っていたい」。インスピレーションは散歩

くらちさんは、大学を出て最初の2年間、古着屋さんでバイトをしながらここ、高円寺に住んでいたという。そんな思い出の地である高円寺を始め、映画や雑誌と同じように、くらちさんの大切なインスピレーションの一つになっているのが散歩だ。

「散歩するのが好きなんです。この建物面白いな、このベランダいいなとか、そういうのを話しながら普通の住宅街を歩いたりします。最近だと、初めて桜新町を歩きました。長谷川町子美術館に行きたくて降りたんですけど、本当に街がサザエさんの世界みたいなんです。いろんなところにサザエさんがいるし、高い建物もなくて、すごく穏やかで、いいなと思って。ちょっと住みたくなりました」

歩きながら「高円寺に住んでいたのにこんな道通ったことないです!」「あ、あの壁すごく面白い!」「この植え込みの植物の葉っぱ、珍しい形ですよね」「こんなところに動物の手形かな?」「(標識にシールを見つけて)配色がかわいい!」と、目に映るものに次々に反応するくらちさん。

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「いろんなものに興味を持っていたいんです。年を取っていくと、どんどん感覚って鈍くなっていくじゃないですか。以前ライブペイントのお仕事をショッピングモールのような場所で行なったとき、大学生くらいのカップルや子どもはめっちゃ興味を持って見てくれたんですが、お年寄りの方はほとんど見てくれない。なんとなく、お年寄りの方が見てくれると思っていたんですけどね。それを見て、いろんなものに意識的に興味を持っておかないと年を重ねると自然とそうなってしまうのかも、と感じて怖くなりました。私は年を重ねても、ライブペイントなどのアートや偶発的な出来事に興味を持っていたいんです」

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高円寺の街を歩きながら、「感覚的に選んでいます」とパッと選ぶ絵が、どれも風景と絶妙にマッチしている。そんな中、くらちさんの絵の、“カラフルなのに落ち着いている色使い”について聞いてみる。

「実はビビッド過ぎる色があまり得意じゃないんです。目の色素がすごく薄いせいか、もともと色の刺激とかにすごく弱い。ゲームセンターに行ったりすると本当に眩しくて、サングラスがないとしんどいくらい。たぶん人より『眩しさ』を感じていると思うんです。だから穏やかな色の方が、描いていてしっくりくるんでしょうね」

透き通ったブラウンの瞳に映る世界を、くらちさんの絵を通して私たちは見ることができている。それは同時に、『私たちが見ている世界のアングル』は確実にそれぞれ違っているということも示しているだろう。

くらちさんの手掛けるイラストや陶芸はもちろん、その言葉や視点から、この世界にある写真や絵、音楽といったさまざまな表現に宿る魅力、あるいは街のそこかしこに散りばめられた美しさや豊かさがパッと目の前で輝き出すかのようだった。

1日の最後に、くらちさんに絵を描く魅力と今後の活動について聞いた。

「絵を描くのって、本当に息抜きやストレス発散になるから、みんなもやってみたらめちゃくちゃ楽しいと思います。絵が苦手という意識があったり、恥ずかしいから描かないようにしていたりという人もすごく多いと思うんですけど、何を描いてもいいし、下手でもいい。描くこと自体が面白いと感じたら、完成品のクオリティを求める必要はないし、恥ずかしいなら人に見せなくていいんです。絵に正解はないですから。

今後の目標は、最近ちょっとだけアナログの手描きの練習をまたしていて。もっとそのクオリティを上げたい、というのが直近の目標ですね」

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Beyond magazine 編集部

“ユースカルチャーの発信地“をテーマに、ユース世代のアーティストやクリエイター、モノやコトの情報を届けるWEBマガジン。
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