国産ウォッチメーカーの「カルレイモン」は、2017年にクラウドファンディングにて記録的な支持を得て頭角を現したブランド。「クラシックには価値がある」――をコンセプトとした同社は次々と新たな時計を開発。そして、このたびクオーツ式から脱却を図ったという機械式時計の新作は、ハイエンドブランドの専有物であった“スポーティシック”。この時計を高級時計専門誌『クロノス日本版』編集長・広田雅将氏はいかに評価するのか? 彼らの新たな挑戦に、いま注目が集まる!
広田 雅将(ひろた まさゆき)
1974年2月19日生まれ。大阪府出身の時計ジャーナリスト。数多くの雑誌などで時計記事の連載を持ち、現在は時計専門誌『クロノス日本版』およびそのウェブ版「webChronos」の編集長を務める。国時計学会会員。愛称はハカセ(博士)など。
手に入れやすい機械式スポーティシックウォッチ「マジェスティ」ってどんな時計?
「KARL-LEIMON(カルレイモン)」は、日本に留学生としてやってきた二人の時計好きが立ち上げた、日本発のウォッチブランド。2017年に創業したばかりのいわゆるマイクロブランドですが、その堅実な時計づくりで近年注目されています。
2017年にはクラウドファンディングを立ち上げ、国内では日本製腕時計部門歴代1位のプレッジを集めるなど、ブランド立ち上げ直後から時計ファンにその名を轟かせることに成功しました。
そんなカルレイモンが2023年冬に満を持してリリースする新作は、時計ファンが待ちわびた“ラグスポ”ことラグジュアリースポーツウォッチのデザインスキームを踏襲する、マジェスティコレクションの「3HANDS DATE BLUE(三針デイト)」と「OPEN HEART BLUE(二針オープンハート)」の2つの機械式時計です。
カルレイモン「マジェスティ 3HANDS DATE BLUE」
その名の通り、どちらも深みのある青ダイヤル(文字盤)が印象的ですが、「3HANDS DATE BLUE」は時・分・秒の3針とデイト(日付)表示のみとシンプル。「OPEN HEART BLUE」は6時位置の小窓から、精密に動作するムーブメントが覗くオープンハートが目を引きます。
ブレスレットと一体感のあるケースは直径40mmで、ベゼルの正面をハーフマットに、エッジ部分をポリッシュに磨き分けるなど、異なるテクスチャを融合。高品質な国産機械式ムーブメントを選択することで9.8mmという薄さを実現しています。
カルレイモン「マジェスティ OPEN HEART BLUE」
そんな、時計ファンから注目される2つの新作を、雑誌『クロノス』の編集長をつとめる時計ジャーナリストの広田雅将さんがハンズオン。デザインやメカニズムの持つ意味や、つけ心地についてインプレッションしてもらいました。
「Majesty 3HANDS AUTOMATIC」
「OPEN HEART AUTOMATIC」
・価格:9万6800円~(消費税込)
・ケース素材:ステンレススティール
・ケースサイズ:直径40mm、厚み9.8mm
・重さ:約145g
・ガラス:サファイアクリスタル反射防止コーティング
・ムーブメント:日本製機械式ムーブメント
MIYOTA Cal.9015, MIYOTA Cal.9029
・防水性:5気圧
“時計博士”はカルレイモンをどう感じた?
クラシカルなドレスウォッチを装着し撮影スタジオに現れた広田さん。その時計愛と知識の深さから“博士”とも呼ばれる広田さんは、「OPEN HEART BLUE」を見つけるやいなや左手首に乗せ、ケースやベルトの表面を丁寧に触れながら手触りを確かめ始めます。
―― 時計の“顔”ともいえる文字盤より先に、ケースの裏側やブレスレットをチェックした理由は?
広田さん:時計は“身につけて使ってなんぼ”です。つけ心地が良くなければ長く時計を愛することはできません。だから、初めての時計に出合ったら、まずは腕にのせ肌に気になるあたりがないかをチェックします。
―― 見た目よりも肌触りが大切なんですね。軸足はあくまでも使うユーザーの側にある。
広田さん:時計は基本的に、ケースやブレスレットの角を残し“ビシッ”とエッジ立てるほどスタイリッシュになります。身につけるものだからカッコよさはすごく大事ですが、立ちすぎても使いづらくなる。とくに新進のブランドほど素敵な時計を作ろうという気持ちが先走り、エッジを立て過ぎてしまいがちなんです。
「カルレイモンのお二人、かなり時計がお好きですね?」とハンズオンしながら納得の様子の広田さん
使い心地のいい時計の条件は、視認性の良さや重量のバランスなど多岐にわたりますが、見栄え良くエッジを残しながら、肌ざわりが良い程度には角が落とされていることが最低条件の一つです。この時計は立ったエッジと当たりの柔らかさを両立させていますね。
―― 長い人生をともに過ごす相棒は、見た目より手になじむ感触が大事なんですね。
広田さん:装着感でもうひとつ大切なのが、ケースとブレスレットをつなぐ“ラグ”も含めたケースの全長です。ラグを長くしたりブレスレットの1コマ目を動かないようにしたりすれば、ぱっと見の印象はカッコよくなる。
ですが、実質的にケース長が延びてしまうため、丸い腕の形に沿ってくれず、とくに細腕の場合はケースが浮いてしまい、腕になじまないわけです。
マジェスティは、一コマ目から手首に向かってしっかり曲げてあるのでホールド感がいい。
―― 手元のメジャーで測るとラグだけの全長が46mmです。
広田さん:広田さん:いいサイズ感ですね。カルレイモンのマジェスティは、時計としては大きく存在感があるけれど、腕に沿う部分の長さは詰められているので馴染みがすごくいい。
物理的なサイズやエッジの仕上げを上手にコントロールしていることに加え、時計本体とムーブメントを固定する部品に金属を使うなど重量バランスにも優れるので、“普通に使える”時計に仕上がっている点も、伝統を重視する姿勢を感じるところです。
―― “普通”のためには、見えない部分にまで手抜きをしてはいけない?
広田さん:そうそう。でもこの普通がなかなか難しいんです。新進のマイクロブランドでここまで気を配ってアンダー10万円の腕時計をプロデュースしているのは珍しい。
というか、すごい(笑)。コストの制約の中で最大限に良いものをつくろうという、時計に対する愛情とモノづくりへの経験値の深さの現れだと思います。
ところで“ラグスポ”って何ですか?
―― 今回紹介する2つの時計は、いわゆる“ラグスポ”と呼ばれるカテゴリの延長線上にある「スポーティシック」というもの。そもそものラグスポってどんな時計のことなのでしょうか?
広田さん:“ラグスポ”とはラグジュアリースポーツウォッチの通称で、高い防水製と優れた装着感を両立させた腕時計のこと。
その歴史は、1970年代に登場した「ロイヤルオーク」(オーデマ ピゲ)や「ノーチラス」(パテック フィリップ)などに遡ると考えられます。
どちらの時計も生みの親はウォッチデザイナーの先駆けであるジェラルド・チャールズ・ジェンタ氏です。
―― ラグスポが人気カテゴリとなったきっかけは?
広田さん:時計の一大マーケットであるアメリカでは、“どこへでもつけていける一本”というモデル、例えばロレックスなどの人気が高いんです。
「ロイヤルオーク」や「ノーチラス」も、登場直後はそれほど大きなブームにはなっていません。潮目が変わったのは2010年ごろでしょうか、例えば「スーツには革靴でなければ絶対にダメ」、というファッションの不文律が、「バックパックやスニーカーを合わせてもいいんじゃないか?」と、カジュアル化が進みました。
ワンタッチでブレスト交換できるラバーストラップも(別売り/7700円)
―― 靴やラゲッジのトレンドが変われば、時計も変化する?
広田さん:そうです。時計のトレンドはファッションの数年後を追いかけるという傾向があります。事実、“ジェンタの時計”だったラグジュアリスポーツウォッチが、時計のいちジャンルとして成立したのが、それから五年後の2015年ごろのこと。ラグスポの隆盛は服装のカジュアル化とあきらかにリンクしていると考えてよいでしょう。
―― そのころから中堅ブランドや新進ブランドもラグスポを一斉にラインアップしたと記憶しています。
広田さん:ちょうどそのころ、金属加工の技術が進歩したんです。低コストで気密性の高いケースや精度の高いブレスレットを製造できるようになり、スチール製で薄型のケースを持つラグスポは、使ってみると疲れないし扱いが楽。それが手にしやすい価格帯に数多く登場したことで瞬く間に定番といえる存在となったと考えています。カルレイモンの新作は、そういったラグスポのデザインコードを取り入れつつ、より普段使いに向く、スポーティシックを強調した時計ですね。
“ちゃんと使える時計”ほどつくるのが難しい
―― ところで、マジェスティの2本のうち“博士”が一本を選ぶとしたらどちら?
広田さん:二針オープンハートの「OPEN HEART BLUE」ですね。
―― 即答ですが、その理由は?
広田さん:ユーザーがムーブメントの動きを見られるよう、文字盤に開ける窓をオープンハートと言います。通常は回転するテンプを見せたいので、この国産ムーブメント「MIYOTA Cal.9029」であれば、5時と6時の中間くらいに配するのがセオリーです。
6時位置にぽっかりとダイヤルに穴の空いた「OPEN HEART BLUE」
ところが「OPEN HEART BLUE」は、シンメトリカルな全体バランスをとるためでしょう、6時位置ぴったりに開けているんです。常識外れかもしれませんが、デザインの古典ルールを重々知ったうえで“あえて”センターにもってくるところにカルレイモンらしさがあるなと。
―― 新進ブランドらしい気概を感じさせてくれますね。
広田さん:基本的に、時計はディテールの集合体です。文字盤をよく観察すると、時間を表すインデックスの長さが異なることに気がつきます。あえてコストをかけてでも長さの異なるインデックスを使い分けた結果、短針が3時と9時の位置でぴたりと重なるので気持ちがいい。
広田さんいわく、「KL」のロゴにも光の反射で埋没しないようサテン仕上げが加えられているのも好印象とのこと
マジェスティのケースの輪郭だけに注目したら雰囲気の似ているモデルはありますが、ディテールをつぶさに見ていけば、過去の名作とはあきらかに違うものだと理解できます。
どうなる? アフターコロナの時計選び
広田さん:カルレイモンが得意とする10万円クラスの時計は、機械式を初めて手にするユーザーにとっての時計趣味の入り口となります。でも、最初に手にする時計のつくりが悪かったら、失望はあまりに大きくなりますよね。
――「機械式時計は自分には合わないな」と、思ってしまうかも。
広田さん:時計の選び方は、加点法か消去法かのどちらかだと思っています。『クロノス』の読者のようなディープな時計ファンの多くは加点法。自分が強く気に入る要素が1つでもあれば、視認性や装着感が多少悪かろうとも「まあ、オッケーです」と愛することができる。
ラバーストラップに交換したマジェスティの装着感をチェック
一方でビギナーには、装着感や耐久性、視認性を疎かにするモデルは避けてほしいんです。繰り返しになりますが、最初の一本は見た目の良さや高級感より、「装着感」に注目してほしい。カルレイモンはそこをちゃんと抑えているので、様々な層の時計好きから支持されているのも納得できるんです。
―― 生活のスタイルが激変し再び外出する機会が増えたいま、時計選びに変化はありますか?
広田さん:世の中が変わっても、時計選びの最終的な決め手は「自分がどのようなシチュエーションで使うのか」ということが大切。モノ選びではどうしてもアイテム単体にフォーカスしがちですが、自分の服装や使う場面を含めて選ぶことで大きな間違いは起きないはずです。
▲ チェンジ可能なラバーストラップはブルー、ホワイト、ブラックの3種類から選べる。仕事のときはブレスレット、オフの日はラバーストラップと気分に合わせてスタイルを変えられるメリットがある
「マジェスティ」はカルレイモンのアイコンとなる?
広田さん:見たところ、カルレイモンは、新興ブランドにありがちな、「ここが惜しい」というヌケがないのも大きな特徴ですね。
――“ヌケ”というのは弱点のことですか?
広田さん:そうです、時計としておかしなところが全然なくて、価格を超えて末長く使えるものに仕上がっている。
――ビギナーにとって時計選びは、ブランドの歴史やネームバリューも見逃せない要素になります。
広田さん:たしかに。このマジェスティはどちらも価格でいえばアンダー10万円。一昔前ならこのレベルの質感は30万、50万の時計でなければ出せなかったわけです。普段使いに向く上、質感の良い時計がこの予算で手に入るのは魅力的でしょう。
どんなつくり手にも理想とする時計像があるので、ともすれば傑作に似通ってしまうことも。ですが、マジェスティを注意深く見ていくと、過去の傑作を超えたオリジナリティを獲得したことに気がつきます。
99本限定モデルとなるフルブラックモデルにも、3針と2針オープンハートの2種類を用意(価格:10万5600円)
正攻法で時計に挑み続け、デザインや肌触りといったディテールを完成型に近づけながらカルレイモンを打ち立ててほしい。「マジェスティ」はそのきっかけとしてふさわしい機械式の新作だと感じています。
TEXT=杉山元洋
PHOTO=湯浅立志(Y2)
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