同じ地域に何度も訪れる「帰る旅」が注目を浴び始めている。会いたい人がいるから、好きな景色があるからーー「帰る」理由はさまざまだが、パンデミックで繋がりが分断され、暮らしが多様化するなか、日常から離れて羽を伸ばせる「第2のふるさと」の存在は、よりニーズが高まるだろう。
島根県は「神の地」として知られる。それは観光地を巡っていても実感できることで、「出雲大社」や神話をはじめとして、神に祈りを捧げる歌舞である「神楽(かぐら)」、1年に1度日本中から八百万の神が集まる「神在月(かみありづき)」など、神にまつわるものは多い。
「帰る旅」第3弾となる今回は、そんな観光のオモテ舞台から離れて、普段は決して見ることのできないモノづくりの現場へ。そこで目撃したのは、伝統技術とともに継承される神のカルチャーだった。
日本神話が息づく『もののけ姫』の舞台へ
「イケてる職人さんたちに会いにいきましょう」
友人からのそんなお誘いで向かったのは、島根県の東部、「安来(やすぎ)」市、「雲南(うんなん)」市。この一帯は、ジブリ映画『もののけ姫』に登場する、「タタラ場」のモデルとなった地域でもある。かつて、砂鉄から鉄を作る「たたら」という製鉄法で栄え、最盛期には国内の8割の鉄を生産していたともいう。
たたら製鉄の発展には、いくつもの条件が不可欠だ。原料となる砂鉄、炭を作るための森林、潤沢な水源。つまり、天然の資源に恵まれていることが必須で、言い換えれば、「神々が住まう」とされる自然とは、切っても切り離せない場所ということだ。
自然と村を舞台に、対立や共生を描いた『もののけ姫』のストーリーに思いを馳せながら、伝統工芸の工房へと向かった。
「たたら」を継承する職人のもとへ
「鍛冶工房 弘光(ひろみつ)」11代目の小藤宗相さん
まずは安来市の「鍛冶工房 弘光(ひろみつ)」へ。特別に工房を見学させてもらった。11代目の小藤宗相さんは、今では少なくなった「たたら」の伝統を受け継ぐひとり。世界でも類をみない上質な鉄をつくる技術を持つ一方で、現代に合った新しい作品を創り出して、国内外から注目を浴びている。
現代の鍛冶場にも、神が宿る
熱した鉄を打って鍛錬し、製品へとかたち作るーーその一連の仕事を行う鍛冶場へ。
鍛冶場は土間となっており、鍛冶職人が腰の位置で安定して作業できるように、職人が立つ場所は一段低く設計されているようだ。風や気候を考慮しながら火の加減を加減する。まさに熟練がなす技。
「ふいご」で空気を送って火を起こし、熱で真っ赤になった鉄を素早くたたく小藤さん。『もののけ姫』で女性たちが汗だくになって踏んでいたのが「ふいご」だ。
小藤さんの後ろには目をみはる数の道具がずらり。「まさか、これ全部使うというわけではないですよね……?」思わず疑問が口から出たが、そのまさかだった。「鉄は熱いうちに打て」とはよく言うが、高温で柔らかくなった鉄を打ち、曲げ、繋ぐ、その大胆で繊細な工程は、多彩な工具を駆使してようやくこなされるワザなのだ。
作業場の上方には、ひときわ目を引く存在が。神棚だった。
「仕事を始める前には必ず手を合わせます。うちだけではありませんよ。鉄に関わる人たちはみんな」と小藤さん。神への感謝と敬意は、現代のモノづくりの現場に脈々と受け継がれていた。
100年の歴史ある竹が、高級箸へ生まれ変わる
続いて、雲南市へ。お会いするのは、「百年煤竹箸(すすだけばし)」の職人、若槻和宏さん。
「百年煤竹箸(すすだけばし)」の職人、若槻和宏さん
「煤竹」とは、昔ながらの茅葺屋根の家の骨組みとして使われてきた竹のこと。100年以上にわたって囲炉裏の煙で燻されることで、強度が増して艶と風合いの出た、貴重な素材だ。これを箸として蘇らせた「百年煤竹箸」は、1膳で1万円を超える高級品。それでも、竹が生み出す世界にひとつしかない表情と、すぐれた耐久性・機能性が話題を呼んで、全国各地から買い付けに来る人が絶えない。
色合いや模様には個性があり、使い勝手は抜群。試したところ、こんにゃくさえつるっと滑ることなく、しっかりとつかめた。
誕生のきっかけは神話
老舗のそろばんメーカーである若槻さんの実家では、代々そろばんの軸に煤竹を使ってきた。しかし近年、そろばんの需要が低迷。危機感を持った若槻さんは、煤竹を別の方法で活かせないかと模索した。
では、なぜ「箸」だったのか。
「原点は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説なんです」と若槻さん。
8つの頭を持つ大蛇をスサノオノミコトが退治する伝説は、もっとも有名な神話のひとつだ。
「スサノオノミコトとクシナダヒメ(ヒロイン)の出会いを作ったのは、箸なんですよ」
というのも、川を流れる箸を見て、川上に人が住んでいることを悟ったスサノオノミコトが上流の村を訪れるところから、物語が始まるのだ。
「もしお箸を見つけてなければ二人は出会っていないかもしれない。そこで『出会いの起源はお箸なり、人と人との箸渡し』と、そんな思いを箸づくりに込めてご縁を繋いでいるのです」
1膳1万円以上の高価な箸が愛される理由がわかった。人生の節目や大切な人への贈り物を選ぶ人たちは、作り手の思いや、神の住まう地で作られたストーリーごと、「百年煤竹箸」を購入しているのだろう。
伝統を受け継ぎ、新しいアイディアを取り入れる職人たち。彼らのモノ作りへの姿勢を通して、神の文化は決して歴史の一部ではなく、人々の生活の奥深いところに根付いていることを再認識した。
旅先を「観光地」から「帰る場所」へと変化させるものとは一体何なのか。
3回の連載にわたって、島根県のモノ、コト、ヒトに触れ、答えが出た。暮らす人たちが大切にしているものを知る、同じ目線でものを見る、同じものを好きになる。その過程で積み重なった、地域への「愛着」と「敬意」。それこそが、第2のふるさとを見つけるカギになるのだろう。
取材協力:島根県観光連盟