分厚いミッドソールにカーボンプレートを搭載していることが、現在のマラソンのレーシングモデルの常識だ。ショップに足を運べば、各社の厚底カーボンシューズが並んでいるが、5年前まではエリートランナー向けのシューズはミッドソールが薄く極力軽いものが良いとされていたのだから、常識は完全にひっくり返ってしまったと言える。
マラソンシューズにイノベーションを起こしたのは、ナイキ。2017年5月6日にイタリアのモンツァ・サーキットで開催された「Breaking2」というチャレンジの際に、エリウド・キプチョゲ選手が着用したのが、「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリート」という厚底カーボンシューズだった。
42.195kmを2時間以内で完走する。アスリート、科学者、デザイナーたちが一丸となってプロジェクトに挑戦。非公認記録ながら2時間0分25秒という驚異的なタイムをキプチョゲ選手がマークしたことで、シューズも注目されることになった。マラソンランナーが本当に必要としているのは高いエネルギーリターンであり、体の負担を減らすこと。それを追い求めた結果が、反発性と軽量せに優れたズームエックス フォームとカーボンプレートの組み合わせだったという。人類がなし得ていない記録の達成のために、従来の正解に捉われず、新しい視点から開発を進めたことで、イノベーションが起こったのだ。
ナイキの厚底カーボンシューズは、アスリートたちの記録更新をサポートしながら、多くのランナーからの支持を集めていく。2018年9月に、エリウド・キプチョゲ選手が従来の世界記録を1分以上も縮める2時間1分39秒というとてつもない記録をマーク。2018年2月の設楽悠太選手、2018年10月と2020年3月の大迫傑選手、2021年2月の鈴木健吾選手と、この数年で立て続けに更新された日本の男子マラソンの記録も、ナイキの厚底シューズが足元をサポートしている。日本の正月の風物詩である箱根駅伝でも、2020年が84.3%、2021年が95.7%、2022年が73.3%と圧倒的なシェアが続いている状況だ。
2020年1月には、ソールの厚さは40mm以下にすること、プレートを複数枚重ねてはいけないといった新しい規定を世界陸連が発表することになるのだが、それだけ厚底カーボンシューズのインパクトは大きかったのだ。
この5年の間にもナイキの厚底カーボンシューズは、進化を遂げてきたが、先日発表された「ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト% 2」は、エポックメイキングなモデルになるような雰囲気がある。
初代「アルファフライ」が発表されたのは2020年2月。2年以上ぶりのアップデートということになる。
ナイキ ランニング フットウェア プロダクト マネージャーのエリオット・ヒース氏によれば「『アルファフライ』を新しいレベルに引き上げた」という自信作だ。
最も大きなアップデートポイントはミッドソールだろう。踵部分が前作よりもワイドになり安定性が高められている。そして、前足部のズームエア ポッドの下にもズームエックス フォームが搭載される形になった。
「ズームエックス フォームをズームエア ポッドの下にも搭載したこと、そしてシューズの安定性が増したことで、前作よりもスムーズな体重移動と足運びが可能になりました。汎用性も高まり、エリートアスリートだけでなく市民ランナーがパーソナルベストを目指す際にも履いてもらえるシューズに仕上がったと思っています」と、エリオット・ヒース氏は言う。
「アルファフライ」に足を通したことのあるランナーならおそらく同意してもらえると思うのだが、筆者の脚力・走力が低いせいもあって、初代「アルファフライ」は「ヴェイパーフライ ネクスト% 2」と比べると、クセが強くて扱いづらいというか、使いこなせない感覚があった(スピードは出るけれど操るのが難しいスポーツカーのような感じだろうか)。
実際、アスリートたちもコース状況によって「アルファフライ」と「ヴェイパーフライ ネクスト% 2」を履き分けていた。たとえば直線が多く天候的にもスピードレースになりそうなら「アルファフライ」。カーブやアップダウンが多くタフなレースになるなら「ヴェイパーフライ ネクスト% 2」といった具合に。
「アルファフライ 2」は、「アルファフライ」特有の推進力とエネルギーリターンの高さを確保しながら、「ヴェイパーフライ ネクスト% 2」ならではの滑らかな体重移動、汎用性の高さをプラス。2つのモデルの“いいとこ取り”をしたシューズとも言えるかもしれない。
男子マラソンの日本記録保持者である鈴木健吾選手は、「アルファフライ 2」について「前のモデルと比べて一番気に入っているポイントは、前に進む推進力が上がり、しっかりとしたサポートを受けることができるところです。これにより、スムーズな体重移動がしやすくなりました。さらに、ソールの安定感も確実に上がっており、走りやすくなっています。そのほかにも、アッパーのフィット感が上がり、包み込まれる印象を受けました」とコメントしている。
このタイミングでの発表&発売されたということは、7月15日から開催される世界陸上でアスリートたちが「アルファフライ 2」を着用できるということ。
開催地はアメリカ、オレゴン州のユージーン。ナイキの生みの親であるフィル・ナイト氏とビル・バウワーマン氏が出会ったオレゴン大学がある場所だ。現在もオレゴン州ポートランドに本社を構えるナイキにとっては、縁深い地であり、お膝下でもある。そしてナイキは今年5月1日にブランド設立50周年を迎えたばかり。「アルファフライ 2」は、アニバーサリーイヤーにルーツと言える場所で開催されるビッグイベントに向けて開発されたシューズなのだ。
「アルファフライ 2」を履いたアスリートたちが、どんな活躍をし、どんな記録を作っていくのか。とても楽しみである。