多摩美術大学を卒業後、アートディレクターとして広告・音楽・ファッションなどの「商業美術」に携わりながら、作家活動を開始したというにいみひろきは、デジタルの世界をアナログへと落とし込むアートワークを展開し、独自の視点から新しい視覚言語を提示する。凄まじい速度によって生産と消費を繰り返すデジタル・クリエイティブを物質に変換するプロセスを経て、彼が向かおうとしている世界とは……?
消費されたクリエイティブを再構成してアートへと自浄する
7月後半には韓国のアートフェア「アーバンブレイク」に参加。8月には福岡で〈artworks〉主催のグループ展開催……と、精力的な作家活動を行うにいみひろきさん。彼がアートディレクターからアーティストへと転身したのは、シンプルかつ切実な理由からであったと語る。
にいみさん:広告代理店で働いていたときはPDCAのサイクルがものすごく速かった。なにかを作っても一週間とか二週間でなくなってしまう世界で……。そんななか、自分のクリエイティブが凄まじい速度で消費されているという実感から、もっとちゃんと残せるものを作りたいという願望が次第と膨らんできた──だからアートが作りたくなったわけです。
──我々素人目には「アートディレクター」と「アーティスト」との線引きが曖昧だったりするのですが…?
にいみさん:僕の中での棲み分けはわりと明確です。「アートディレクター」の場合は、クライアントさんから要望や問題点を聞き出して、それを機能などで解決する。対して「アーティスト」の場合は、自分の思想内にある「なにか」をどう伝えていくか──前者が「課題解決」、後者は「自分の思想を自由に世の中へ広げる」といった感じでしょうか。
「クリエイティブ業界で自分が消費されているのが嫌だったからアートを始めた」と断言するにいみさんは現在、実験的に過去の「消費されたクリエイティブ」を再構成してアートへと落とし込むことを試みているという。
にいみさん:端的に言ってしまえば「ゴミの再構成」という発想に近いのかもしれない。正確には「捨てられたクリエイティブを自浄(=再構成)する」。
たとえば、昔捨てられた漫画や新聞をピックアップして「世に残っていく作品」に変えていく。さらには、消費を象徴するものとして「バーコード」を作中に取り入れてみたり……。使い捨てられた空き缶のデザインをどうにかできないかな……みたいなことを考えています。
缶にだってデザイン、クリエイティブな作業は入念に施されています。ビジュアルをデザインするのでも、実は膨大な労力と時間が費やされているわけです。ダミーを20個作っても19個はおそらく世に出ない。その消費されてしまった「19個」にも僕は光を当てたいと。新聞だって、あれだけいろんな人たちの力によって編集されているのに、たった一日で「不要な紙」になってしまう。本当にもったいないな、と思います。
クリエイティブの世界出身のアーティストならではの「武器」
「いずれは海外に拠点を置いて活動したい」とも語るにいみさん。そして、そういう将来的なビジョンを最短距離で実現するにはどうすればいいのか……を、彼は日々模索する。
にいみさん:まだ僕は美術業界だと、新人でしかありません。戦うためには“知識”で武装しなければならない。ただ、アートの世界へと深く足を踏み入れるほどに「マーケティングの重要性」を痛感するようにもなりました。当たり前の話、いい作品を作ったからといって必ず売れるわけではなく、売るためにはロビー活動も必要だし、人間関係も無視できない──ほかの業界とあまり変わらない、単に作るものが違うだけなのでは……と。
──そこまで自身と美術業界との関係性を客観的に分析できるのは、もはやにいみさんの世代では当たり前なのでしょうか?
にいみさん:ITによる急激な社会変化への危機感から、あらゆるデジタルツールを積極的に活用している若い作家さんはたくさんいると思いますが、やはり同世代と比べても僕の存在は少々異質なのかもしれません。もともとは商業美術側から出てきた人間なので。逆に言えば、自分の武器はそこなんです。作家歴は浅いけど、過去の職歴から培ってきたマーケティングデザインの知識をフルに活用して、圧倒的なスピード感で突き進んでいきたい。
たとえばの話ですが、MoMA(ニューヨーク近代美術館)に作品を展示したければ、まずニューヨークにターゲティングして、「MoMA周辺何㎞かのアート関心層の20〜40代」とセグメントを切ってウェブ上でプロモーションをします。それだけで簡単にニューヨークの何百万人の人たちに広告を打つことができる。
ポートフォリオを持参してわざわざニューヨークまで行って紹介する……みたいなことはやらないでしょう。「購入」という観点に立てばそれも大切ですけど、「認知」という意味では、ニューヨークまでの旅費で100万かけるより、僕はそれを広告費に充てたい。そのほうが絶対に投資のコストパフォーマンスがいいと思うんです。
一方で僕のウィークポイントは、「美術業界特有の慣習を知らなすぎること」──マーケディングばかりに寄りすぎるといろんな意味で危険かな……という不安もあります。「購入」にまで辿り着くには広告だけではさすがに厳しいですから。僕だって、ちゃんと実物を見てもらわないと、誰もなかなか買おうって気にはなれません。
──ギャラリーと契約するという選択肢は?
にいみさん:一緒の考えで歩んでいけるギャラリーさんがいればぜひご一緒してみたいです。
もし仮に僕がギャラリーに所属することになったとしたら、ギャラリーさんには自分の絵を海外に持っていって価値を付加してもらったり、美術館に収蔵してもらうとか……あと『バーゼル』とかのアートフェアに連れて行ってもらい、世界に向けてプロモーションをしてくださったり……こうした一連のプロモーションは、やはり“専門家”じゃなければできないので、そこは是非お力をお借りしたいと思います。
現在、にいみさんは、アーティストが創作活動に集中できる環境づくりのため、多角的なサポートを行なっているbetween the artsが提供している〈artworks〉に、自身の作品を「登録」している。
にいみさん:〈artworks〉がポートフォリオサイトだったというのが登録の動機としては大きかったと思います。ゴリゴリのECサイトだったらたぶん登録していなかった(笑)。
それに、between the artsさんはITリテラシーも高くて話がスムーズだし、わりと考え方が近いという共感もあります。
あと、なによりもスタッフの皆さんがアートを、作品を愛してくれているのがうれしい。アートがちゃんと好きな人たちなんだな……というのが滲み出ていている。美術業界に精通したアッパーレイヤーの方々をどんどんと紹介してくださるのも、すごく助かっています。とにかく僕は今、ひとつでも多くのアートに関する助言を“先輩”方々からいただき、「武装」するためにそれらをスポンジのように吸収しなければならない時期なんです。
「テクスチャーへのこだわり」が垣間見られる特異な画風
好きな作家は「アクション・ペインティング」という画法を用いた、抽象表現主義の旗手として名高いジャクソン・ポロック。一見、にいみさんの画風とはかなり異なっている印象も……なくはないのだが?
にいみさん:ポロック作品のテクスチャー(=材料の表面の視覚的な色、明るさの均質さ、触覚的な比力の強弱を感じる凹凸といった部分的変化を全体的に捉えた特徴、材質感覚、効果を指す)が好きなんです。大学時代、いろんなテクスチャーを研究していたことがあって、その影響もあるのでしょう。
自身の作品を制作するときもテクスチャーにはかなりこだわります。ベースを積層させ、それを削っていくと、いろんな下地が見えてくる。それを繰り返すと厚みが出てくるんです。そこからまた違ったテクスチャーを作り、セレクトして、削って……また違うテクスチャーを乗せていく──「テクスチャーのコラージュ」といった感覚でしょうか。
──にいみさんは、多摩美に入学する前は別の大学に通っていた……と聞きましたが?
にいみさん:はい。建築系の大学を卒業してから、2年後に多摩美のグラフィック科に再入学しました。物理的に厚みのある作品を制作しているのも、その影響なのかもしれません。僕は、半立体・半彫刻的なものに惹かれるんです。だから、今後は立体の作品、でかいものが作りたい。少なくとも彫刻には今後間違いなく手を出すでしょうね。
でかいものってワクワクするじゃないですか。もちろん、「売るため」には小さいものを作ることも大切なんですけど、それをやっている自分ってダサいな、と思っていたりもしていて……(笑)。
「わくわくすることをやる」という人生のコンセプト
では、最後ににいみさんから、Z世代をメインとする「Beyond」読者の皆さんに、アートが身近になるための「リテラシーアップ」についてのアドバイスをしていただこう。
にいみさん:僕の作品に関しては、とにかく気楽に観てもらいたいですね。取っかかりは「かっこいい」「かっこわるい」程度でかまいません。よく「ステートメントが重要」という声を聞くのですが、いざ展示してしまうと、そこらへんをくまなくチェックしている人ってあんまりいないな……ってイメージがありまして。
ちゃんとした海外の美術館とかに展示するようになれば、ステートメントもがっちりチェックされるとは思うんですけど、とりあえずは好き嫌いで観てもらえばいいんじゃないでしょうか。
あと、もっと気軽に……普通にギャラリーへ足を運んでほしいですね。コンビニくらいの感覚で。ちょっと入りづらかったり、敷居が高くて物おじするのはよくわかるんですけど、映える写真を撮るために行く……みたいな目的でも全然大丈夫!
日本の人たちって、美術館にはわりと行くんですけど、ギャラリーに行ったことある人って案外少数ですよね? 本来、日本人もアートは好きなんです。でも「ギャラリーに入れば買わされる」みたいな先入観があって……。銀座のギャラリーはなかなか敷居が高いと感じるなら、まずは表参道に行ってみるとか。表参道とかのギャラリーは、まだ入りやすいですから。
個人的には、ギャラリー側もどんどんプライスを積極的に提示してほしい。日本では「購入=不遜」といったイメージがあるのかな? 提示していないギャラリーも多いんですけど、プライスを見て「高け〜!」とか言ってみたいじゃないですか(笑)。そうすれば、アートも逆にもっと身近になってくるはずです。
──しかし、ギャラリーで出会った作品を、我々素人が「購入」にいたるまで愛せるものなのでしょうか?
にいみさん:僕の人生のコンセプトは「わくわくすることをやる」なんです。そして、そう生きていこうとしたとき、たいがい弊害になるのが「他人の価値観」なんです。自分の価値観で生きていけばみんな幸せになれる。自分の価値観のなかで、自分の世界の中だけで幸せであればいい。だから皆さん、自信を持って自由に「好きだと直感したもの」を愛してください。
撮影:佐山順丸
にいみひろき
1985年東京都生まれ。多摩美術大学卒業後、アートディレクターとして広告や、音楽、ファッションのディレクションに携わりつつ作家活動を開始。ウェブや SNS 上で消費され、放置されたデジタル広告をはじめとするクリエイティブ・イメージを象徴的に引用し、それらイメージの断片を絵画というアナログなメディアへと再構築。50 年代において消費社会に批判と再考を促した状況派 (シチュエーショニズム) と通じる部分を持ちながら、「デジタルシフトによって加速するクリエイティブの消費」へと一貫して視点を向け、今日の「デジタル化された社会状況において浪費され廃棄されていく人間の創造力」を批判的に考察する。
Instagram:@niimiii_hiroki
Twitter:@NiiMiii_HIROKI
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【artworksとは?】
「アートをはじめとしたコレクションが生み出す資産価値を大切に守ることを理念とし、アート領域でさまざまなDX推進事業を手掛ける「between the arts」が運営。アーティストが創作活動に集中できる環境づくりのため、多角的なサポートを行なっている。「一作品からの預かり・管理」「アーティスト専用ページの作成」「作品登録代行」から「額装・配送手配」「展示・販売会の開催」など、そのサービス内容はフレキシブルかつ多岐にわたる。
URL:
https://bwta.jp/services/artworks/
登録アーティスト一覧:
https://artworks.am/artists