南米ボリビアの「ウユニ塩湖」。「天空の鏡」とも呼ばれる景色は、いまや「世界の絶景」の代名詞だ。名前を知らない人でも、空が鏡張りに映る写真はどこかで目にしたことがあるに違いない。
私は、会員30万人ほどの旅のSNSを運営してきたが、実際そこでもウユニ塩湖は「いつか行きたい場所」ナンバーワンだった。だがその一方で、「鏡張りを見るのが夢」と言いながら、実際には行くのを先送りする人たちもたくさん見てきた。
トラベルプロデューサー堀 真菜実が「人生に一度は行くべきウユニ塩湖の旅」を紹介する。
時間もお金もかかるウユニ塩湖は「いつか」行きたい場所
地球の裏側にあるウユニ塩湖は「世界の絶景」の代名詞であると同時に、「“いつか”時間ができたら行きたい観光地」の代表格でもある。
無理もない。「ウユニ」は、南米・ボリビアの田舎町。日本からはフライトを3回ほど乗り継ぎ、2〜3日かけてたどり着く。往復の移動だけで5日を要するのだ。
さらに、鏡張りの景色は100%見られるものではないので何日かは滞在する必要があるし、せっかく南米まで足を伸ばすなら他の場所にも寄りたい……そうなると長期休暇が必須である。
加えて、遠さに比例して旅費もかさむ。ウユニ塩湖へのツアーの相場は40万円〜100万円ほど。気軽に行けなくて当然の場所なのだ。
聞き込みでわかった意外な懸念
さらに、イベントなどを通してウユニへの旅を夢見る人たちと直接話すうちに気が付いたことがあった。休暇も費用も確保できるのに、別の懸念でツアー参加を迷う人たちがいたのだ。彼らが揃って口にする言葉はこうだ。
「ツアーに参加して、もしも周りが若い人ばっかりだったらどうしよう」
南米の絶景と言うと、学生やバックパッカーが行くイメージが強く、鏡張りが見やすい12〜3月は、卒業旅行シーズンでもある。心配になる気持ちもわかる。しかし、実際のツアー参加者の大半は社会人だ。
事実がどうであれ、不安は取り除きたいと思った。一大決心をして夢を叶えに行くのだから、安心して出発してほしい。環境がないなら作ればいい。
すぐさま旅行代理店に相談して「オトナ限定」のウユニ塩湖ツアーを企画した。
題して「R30ウユニ旅」
映画の観賞制限に使われるR指定をもじって、「30歳未満は参加不可」のR指定ツアーとした。当時30歳だった自分の年齢も公開し、旅のSNSコミュニティで仲間を募集すると、問い合わせが殺到し、すぐに定員に達した。
R30メンバーの旅の準備!
念願の“鏡張り”を見に行くメンバーは、いわば運命共同体。旅への並々ならぬ思いは共通していたので、自己紹介がてら事前に集まって、入念に準備をした。「R30 Uyuni」のオリジナルロゴを刺繍したおそろいのウインドブレーカーを作り、トリック写真を撮るための道具を購入。
各々が撮影道具を持ち寄った結果、一眼カメラはもちろん、ドローン、360度カメラ、スタビライザーなど、あらゆる機材が揃った。
短期間に行程を詰め込んだ結果…
R30の旅は想像以上に過酷だった。理由は日程を限界まで詰め込んだから。ツアー期間は9日間。会社員でも平日5日間を休めば参加できるようにしたかったからだ。
そのなかで2泊3日のウユニ村滞在に加えて、隣国・ペルーの世界遺産マチュピチュにも足を伸ばし、往復で立ち寄る町々を見て回る。費用を惜しまずに空路を活用し、限られた時間を最大限に観光に費やす寸法だ。
ハナから弾丸旅になることは承知のうえだったので後悔はないが、とにかくキツかった。
9日間のあいだ、車、バス、飛行機、列車、と常に移動していた気がする。深夜2時にホテルへチェックイン、3時間後の5時にチェックアウトという拷問のような日もあった。
寝不足なので移動中に仮眠をとり、町に着いたら意地でも観光は諦めない日々。こういう環境が逆にメンバーの一体感を生む。
いざ、鏡張りハントへ!
やっと辿り着いたウユニの村では、塩でできたホテルに宿泊した。ここを拠点に、乾いた塩原を4WDで走り、鏡張りを探す。
この時点で、車内では終わらない歓声が響いていた。広大すぎる。白すぎる。
欧米人は鏡張りではなく、この景色を目当てにウユニへ来ると聞く。なるほど、すでにそれだけの価値がある。
車窓の光景に夢中になるうちに、気づけば3時間近く経っていた。さすがに身体も凝り固まってきたので、ドライバーさんの提案でランチ休憩をとることになった。
ウユニに来ればどこでも鏡張りが見られるわけではない。「天空の鏡」は、いくつもの条件が揃って初めて現れる。まずはだだっ広い塩湖のなかから、適度な水量がある場所を見つけなければならない。さらに、空が晴れ、風がなく水面が安定していることも重要だ。
“そのとき”は突然やってくる!
ランチが終わるころ、どこからか小さな水たまりが現れた。これが瞬く間に大きくなり、みるみる巨大な鏡面へと変わった。
突然の出来事に狂喜乱舞するメンバー。
帰り道にカラクリを尋ねた。塩湖上では水がなかなか染み込まずに風で移動するため、仲間から仕入れた水たまりの位置情報と、風向きや時間帯をかけ合わせて待機場所を決定していたそう。プロの仕事である。
感動すると言葉はシンプルになる
この景色が、本当に存在した。
私の率直な感想だった。仕事柄、ウユニ塩湖の写真や動画は数え切れないほど見ていた。果たして自分は実際に目にしたときに感動できるのかと心配したこともあった。しかし杞憂だった。
世界の絶景には、写真の「切り取り方」でホンモノよりも数段映えて見えるパターンが多い。だがここは真逆。
360度永遠に続く白い大地。
空の上に立つ不思議な感覚。
サングラスなしではいられない、桁違いの明るさ。
初めて肉眼で見る「3Dの体験」は、まるで別物だ。むしろ、写真ではほんの一部しか切り取られていなかった。
旅仲間から聞こえてくる言葉はシンプルだった。
「本当に来てよかった!」
それがすべてだと思う。
時間、距離、費用、睡眠不足、治安、高山病……ウユニまでの道のりはハードルだらけだ。でも、「いつか」のままで終わらせずに踏み出したから、「今」目の前にこの光景がある。
背中を押すつもりが押されていた?
思い返せば、私がウユニ塩湖の存在を知ったのは学生のころだ。まだSNSも浸透しておらず、絶景や「映え」がブームになる前のことだ。「ウユニ」の名前を知る友人はいなかったし、南米なんて命がけで行くイメージだった。「いつか行きたい」と思ったまま、10年もの年月が過ぎていた。
R30の旅で「いつか」を「今」に変えられたのは、私の方だったのかもしれない。
現地のガイドさんによると、「ウユニ塩湖は年々環境汚染が進んでおり、次来たときに同じ景色が見られるとは限らない」とのことだ。それだけではない。自然災害や紛争で、環境が変わることだってあり得る。そしてこの3年後、新型コロナウイルスの出現によって、私たちは簡単には国境を超えられない世界を目の当たりにした。
「いつか行こう」と思っていた景色が、いつまでも見られるかどうかはわからない。叶えられる夢は叶えられるときに。