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生きるため、今日を生き抜く野生動物

キリンに会いにアフリカへ。野生界は予想外の連続だ

author: 堀 真菜実date: 2021/11/13

「野生のキリンに会いたい!」友人の何気ない一言でケニアのサバンナ行きを決めた。2010年の夏のことだ。行きの機内、私たちの話題はもっぱら「どんな動物に会えるか」だった――

サファリに関するウェブサイトには、「このエリアならライオンに出会いやすい」「バッファローやヒョウを見られるか?」といった文句が、必ずと言っていいほど載っているから、その影響が大きいだろう。

結果として、めあての動物はすべて見ることができた。だが一方で、サファリの本質は「どんな動物を見ることができるか」ではないと悟った。単にレアな動物を見るだけならば、動物園でも叶うのだから。

わざわざ野生の世界に足を踏み入れる目的はシンプルだ。それは、野生動物のなにげない日常を目撃すること。彼らの行動すべてが生死に直結していることがかぎ取れる。たとえば、狩りでの駆け引きはもちろんのこと、穏やかに歩く姿でさえも。

トラベルプロデューサー堀 真菜実が「人生に一度は行くべき、ケニアのサファリ旅」を紹介する。

野生動物を間近で見る、ゲームドライブとは?

アフリカのサファリで王道といえば、「ゲームドライブ」だ。相棒は、レンジャーと呼ばれる動物観察のプロと、彼が運転する専用のサファリカー。毎日、動物が活発になる朝夕に2、3時間サバンナを探索する。

サファリカーが通れる道は厳密に決まっていて、どんなに安全に見える場所でも、決して車から降りてはならない。大きな音を立てるのもNG。人間は、あくまでも野生の世界におじゃまする立場なのだ。

運がいいときは、これほどの至近距離で見られることも。

もっとも長く滞在したマサイマラ国立保護区は、なんと四国並みの広さ。当然、何に出会えるかは毎回違う。群れでいる草食動物は、遭遇率が高く、逆に、肉食獣や人気のビッグ・ファイブと呼ばれる動物(ライオン、サイ、ゾウ、バッファロー、ヒョウ)には、出会えたらラッキーだ。

初日は、「あっちにシマウマがいる」と教えてもらっても、なかなか見つけられなかった。しかし、何度かサバンナを周るうちに、自分でも見分けられるようになるから不思議なものだ。

遮るものがない空も、サバンナの魅力のひとつ。動物とのコラボレーションは絶景だ。

動物の親子愛とは、いかほどのもの?

運転席のレンジャーが、珍しく困った声をあげた。一羽の小さな鳥が、サファリカーの通る道に腰をおろして、動かなかったのだ。ぎりぎりまで近寄る車に、とうとう観念して立ち上がったとき、理由が判明した。地面に掘られた巣と、3つの卵。そうか、彼女はわが子を、身を挺して守っていたのだ。

「わ、ごめんね!」私たちは思わず母鳥に声をかけ、別の道へと引き返した。

草原にポツンと生えた木の下には、ゾウの親子が日差しから隠れるように集まっていた。乾季だったが、そこにはわずかな水たまりがあり、親が子どもに何度もなけなしの水をかけていた。姿が見えなくなるまで、ずっと。

私はここに来るまで、野生動物の親子愛とは、テレビで大げさに描かれたもの、と感じているところがあった。ところが実際に自然界をのぞくと、子どもを守る親の姿に、胸を打たれっぱなしである。

動物は人間なんて気にしない?

気球からサバンナを見下ろす「バルーンサファリ」も面白かった。ゲームドライブと視点が大きく変わることはもちろん、何より新鮮だったのは、動物たちから気づかれずに観察できること。たとえば、警戒心の強いヌーを、大群で目撃できた。

上空から見るキリンは、いつもより明らかに無防備だった。地上から見るときでも、彼らは人間などまったく気にしていないように思えたのだが、どうやら勘違いだったらしい。素振りに出さないだけ。いつも目の端では、しっかりと私たちを捉えているのだ。空からこっそり観察するうちに、そう確信した。

炎の熱だけで飛ぶ経験はスリリング。空から見て初めてどんな地形なのかがわかる。

狩る者と狩られる者、どちらが過酷?

ある夕刻、車を停めて、草食動物の群れを観察していた。シマウマ、インパラなどが30頭ほどいたと思う。種を超えて動物が一緒に過ごす光景は、なんとも平和だった。

インパラは、ウシ科の動物で外見はシカに似ている。

のどかな時間は突然に終わる。

思い思いに行動していた動物たちが、そろって動きを止め、こちらを見た。ぎくりとするも、視線は私たちを素通りして、その先の茂みに向けられていることに気が付く。

「チーターだ」。レンジャーが声を殺して指を差した。よそ者は、野生の世界に干渉すべきではない。友人も同じことを感じたようで、お互いに手振りだけで状況を確認した。

草食動物が一斉に走りだす。一頭のシマウマに狙いを定めたチーターは、素早く距離を詰め、ついに仕留める。ああ、無情な弱肉強食の世界ーーこれが私の想像した光景だった。だが期待は、裏切られる。

そもそも、草食動物たちは一目散に逃げることなく、チーターを見つめていた。半円状に並んだ彼らと、一頭のチーター。チーターの方がピンチに見えかねない図である。両者の距離はわずか40メートルほど。誰も動かない数秒間が、長かった。

ついに、チーターが地面を蹴る。同時に、その進行方向にいる数頭だけが、くるりと背を向けて逃げた。速さこそ劣るが、小刻みに向きを変えて追っ手をかわす。逃げ切った者は、すぐに止まってチーターを観察。なんとも省エネである。その間、ほかの者は、微動だにしなかった。そしてチーターが再び群れに向かえば、また標的となった数頭だけが走り出した。

ほんの10秒やそこらのことだった。チーターは獲物たちを追い散らしたあと、にわかにスピードを落として、もと来た草むらへ戻っていった。いなくなったのか、まだ潜んでいたのかはわからない。

「あのチーター、今日はごはんを食べられないのかな」。緊張の糸が解けた車内は、思いがけずチーターを同情する雰囲気になった。

チーターは狩りの技術では、サバンナでもトップクラスだと言われている。それでも成功率は3分の1ほど。つまり、目撃したできごとは、よくある場面ということになる。

しかし、私にとっては予想外の連続だった。最低限の動きで逃げ切る草食動物。たくさんの獲物を前に、狩りを潔く諦めるチーター。動物たちが瞬時に放った緊迫感。手に汗にぎった感情ごと、記憶に残っている。

サファリの入り口は、「どんな動物を見ることができるか」で始まりがちだ。しかし、一歩足を踏み入れると、それ以上の奥深さがあることを知った。

キリンが、草を食べながらも視界の隅で警戒を怠らないこと。ゾウが木陰で体力を温存しながら、子をいたわっていること。肉食獣に狙われた草食動物ががむしゃらに逃げないこと。それらすべてが、生きるための行動だった。

私たちの日常とは乖離した、死と隣り合わせで生き抜く、野生動物の日々の営み。そこに直に触れられることこそ、サファリの醍醐味だ。

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トラベルプロデューサー
堀 真菜実

新しい旅を作るトラベルプロデューサー。世界弾丸一周、廃校キャンプなど、手掛けるツアーは即日満席。はじめましてのメンバーで行く「シェアトリップ」の仕掛け人として、数千人の旅人と国内外を巡り、その経験をもとに、地方自治体や海外の観光局と、観光資源の発掘やツアー造成を行う。人と地域を繋ぐ場作り、メディア出演などでも活躍中。
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