シューズのフィット感を調整するためには“ひもを結ぶ”という作業が欠かせない。これは100年以上前から変わっていないという。そんな当たり前を、ナイキの最新テクノロジーが変えるかもしれない、というお話。
靴ひも結びは100年以上変わっていない
スポーツ用シューズの始まりには諸説ある。最も有力な説の1つが1895年に生まれた陸上競技用スパイク。後にJ.W.フォスター社というスポーツシューズメーカーを設立することになるジョセフ・ウイリアム・フォスター氏が、靴の前足部に釘を打ち付けて自作したスパイクが原点だと言われている。その翌年、1896年には近代五輪の第1回大会が開催され、以降、スポーツ用シューズは競技特性に合わせて進化を続けている。
最初のスポーツ用シューズが生まれて125年以上が経過。アスリートたちが着用するシューズは構造も素材も常に改善されてきた。100年前に活躍していたランナーが、現代のランニングシューズを履いたら、その快適性に驚くのはもちろん、あまりの推進力に少々戸惑うなんてことがあるかもしれない。
一方で、シューズの脱ぎ履きやフィット感の調整に苦労することはないだろう。シューレースを緩めてシューズに足を通し、シューレースを締めてフィットを調整するという履き方は、その頃と変わっていないからだ。
しかし、125年以上続いているスポーツ用シューズとシューレースの関係にもそろそろ終止符が打たれるかもしれない。
きっかけは手足に障がいのある青年からの手紙
今年2月、ハンズフリーで脱ぎ履きができる「ナイキ ゴー フライイーズ」というシューズが発売され、話題になった。シューズを履くときは、大きく開いた開口部から足を入れて体重を乗せるだけ。アッパーは自然に足にフィットし、踵がホールドされる。脱ぐ際は、踵の後方にあるキックスタンドと呼ばれる場所を踏んで、開口部を広げて足を抜くという仕組みだ。
このシューズのキーテクノロジーである“フライイーズ”は、シューレースに代わるフィット調整機構の有力な候補だと考えられる。
フライイーズ テクノロジーの開発のきっかけになったのは、脳性まひによって手足に障がいがある青年からの手紙だった。そこにはこう書かれていた。
私の夢は、毎日誰かにシューズの紐を締めてもらわなくてはいけないという心配をさせずに、自分の好きな大学に進学することです。私はこれまでずっとナイキのバスケットボールシューズを履いてきました。歩くために足首の支えが必要なので、このタイプのシューズしか履けないのです。16歳になり、私は自分1人で洋服を着ることはできますが、今でも親にシューズの紐を締めてもらわなくてはなりません。自分で自分のことを全てできるようになりたいティーンエイジャーとして、これは不満と思うと同時に、時に恥ずかしくも感じています。
手紙を受け取ったデザイナーのトビー・ハットフィールド氏が、手紙を書いた青年の要望にかなう作品を開発して届けたのが、2012年のこと。2015年にはフライイーズ テクノロジーを搭載したバスケットボールシューズ「レブロン ソルジャー 8 フライイーズ」が発売。以降、フライイーズ テクノロジーは、進化をしながら、さまざまなカテゴリーのシューズに搭載されるようになった。
ナイキが開発した、結ばないランニングシューズ
ランニングシューズ「ナイキ エア ズーム テンポ ネクスト% フライイーズ」は、踵を踏むようにしながら足をシューズに滑り込ませるステップインエントリーを採用。足をシューズに入れ、足首近くのループを引けば、ワイヤーが締まって足がホールドされ、つま先近くのループを引けばフィットが緩む。実際に走っていてもかなり快適。シューレースがないことに不安を感じることはないし、アッパーのフィットは心地よい。
「ナイキ エア ヴェイパーマックス 2020」もフライイーズ テクノロジーを搭載したシューズ。LOCKと文字が入れられたヒールストラップを引けば、連動するワイヤーが締まり足にアッパーがフィットする。シューズを脱ぐ際は、シュータンにあるRELEASEと書かれたループを引けばフィットが緩む。「ナイキ エア ズーム テンポ ネクスト% フライイーズ」のフライイーズ テクノロジーとはデザインが異なるが、基本的な仕組みは同じだ。
“ひもを結ぶ”という作業は過去のものに
1989年に公開された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー 2』。映画の中で描かれた未来(2015年)には、足を入れると自動でシューレースが締まるナイキのシューズが登場する。これをモデルに開発されたのが“ナイキ アダプト”シリーズだ。
2020年にリリースされたバスケットボールシューズ「ナイキ アダプト BB 2.0」には、電動でフィットを調整するナイキ フィット アダプト テクノロジーが搭載されている。シューズを充電しておけば、シューズに搭載されたボタン、スマートフォンやアップルウォッチにインストールしたアプリを使って、フィット感を調整できる。好みのフィット感をアプリで設定しておくことも可能だ。
もちろん、「ナイキ アダプト BB 2.0」はバスケットボールシューズとしての機能性にも優れている。2019-2020シーズンの新人王に輝いたメンフィス・グリズリーズのジャ・モラント選手が、実際の試合で着用していたことがその証左だろう。
障がいへのサポートをきっかけに開発されたフライイーズ、SF映画の中のプロダクトを現実のものにしたナイキ フィット アダプト。この2つのテクノロジーが進化を続け、さらに拡大していけばアスリートが“靴ひもを結ぶ”という作業は過去のものになるかもしれない。