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特集

世界の音に飲み込まれずに、自分を保つには?

小林うてなと考える、環境音に耳を澄ませる意味と意義

author: Beyond magazine 編集部date: 2024/09/05

ショート動画の普及により、音楽の一部分のみを聴く機会が増えている。そうした機会が音楽との新しい出合いとなる一方で、音楽とじっくり向き合う時間はますます減っているようにも感じられる。
 

音楽家の小林うてなさんもまた、自宅で仕事以外の音楽を聴く機会はほとんどないという。うてなさんは数年前にそれまで住んでいた東京を離れ、生まれ故郷である八ヶ岳高原の麓の村、長野県諏訪郡原村に移住。鳥の鳴き声や風の音といった自然音に囲まれた暮らしを送っている。
 

学生時代に結成したバンド・鬼の右腕での活動や、さまざまなライブサポート、そしてソロアーティストとしても活動してきたうてなさんは、緑豊かな原村の環境音から何を感じ取っているのだろうか。そして、ショート動画全盛の今、環境音に耳を傾けることにはどのような意味があるのだろうか。それらを探るべく、うてなさんと共に自然音を採集しに出かけた。そこには絶望的な時代を生き抜くための「ヒント」が隠されていた。

小林うてな

日本のミュージシャン。鬼の右腕、Black Boboi、蓮沼執太フィルのメンバー。

Instagram: @utenakobayashi
X: @utenakobayashi

「心地いい音」と「うるさい音」の基準は簡単に変わる

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――うてなさんは元々、原村のお生まれですよね。いつ頃こちらに戻ったのでしょうか。

2022年の12月です。東京にいた頃は三宿に住んでいたんですけど、マンションの住人がヒステリックに叫んでいたり、救急車が頻繁に走っていたりと騒音がすごくて。その前は上野毛の静かなところに住んでいたので、余計に喧騒に疲れちゃって。原村にはいつか戻りたいなと考えていたし、夫とも「東京を離れたいね」という話をしていたので、コロナ禍にここに戻りました。

――原村に戻ってきて音楽に対する意識に変化はありましたか?

今の段階ではどう変わったのか言葉にはできないんですけど、明らかに変わったとは思います。ここに住み始めてから意識が外に向くようになったので、今は環境との繋がりを模索している感じなんです。

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――普段の暮らしのなかであまり音楽を聴かないそうですね。

東京にいる頃からそんな感じでしたね。気がついたら聴かなくなっていたというか。音楽が流れていると耳と意識を持っていかれちゃうんです。会話のときに何かが流れていると集中できなくなっちゃう。

――今この部屋からは外で鳴っている鳥の鳴き声や風の音が聞こえますけど、そういう音は気にならない?

気にならないです。こういう音って自分が生きている時間とは別の世界の時間が流れているように感じられて、なんだか心地いいんですよね。風がふわっと吹いてきたときに生きている喜びを一番感じるんですよ。いい風って最高だなって。

――その喜びは音楽にはないもの?

そうですね。今も好きな音楽はあるし、最近でもよく聴いている作品はあるんですけど、偶発的に感じる風の心地よさとは違うんですよね。音楽はそういうものではなく、あくまでもエンタメや選択する過程があるもので、自分にとっては役割が違うんです。

――なるほど。音楽は音楽として必要なものである、と。

音楽の喜びはあると思います。

――都会の騒音のなかに身を置くことで心地よさを感じる人もいると思うんですよ。あえてそういう環境に身を置くことで「自分はひとりじゃない」という安らぎを得るという。

うん、そういう人もいますよね。要は“耳の使い方”だと思うんですよ。このあいだ家でグランドピアノの音を録っていたんですけど、録っていると鳥の鳴き声がどうしても入っちゃうんですよね。うるさい! と思って(笑)。

――普段は気にならないのに。

そうなんです。他の音に集中した瞬間、鳥の鳴き声でさえノイズになってしまう。結局、何を聴きたいか・どこに意識を向けているかの違いで「心地いい音」と「うるさい音」の基準は簡単に変わるわけですよ。音と自分の関係性が変わってしまうんです。

環境音に耳を澄ませよう

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――今回、ご自宅周辺の音を採集していただきましたが、一つひとつ聴いていきましょうか。まずこれ(1)は?

近所で工事をしていて、その音を部屋のなかから録ったんですよ。朝11時半ぐらいかな。ヒグラシの音も録りたかったんですけど、シーズンが終わっちゃったのか、もう聞こえなかったですね。鳥の鳴き声も入っていますね。

――朝鳴く鳥と夕方鳴く鳥は声も違いますよね。朝11時半ということは、これは朝の鳥ですね。

そうですね。こっちは早朝に録った鳥の鳴き声(2)です。さっきの鳥の鳴き声と全然違うでしょ?

――本当だ。もっと小さな鳥の感じがしますね。

鳥の鳴き声は季節によっても違うだろうし、気にしてみたら楽しそう。そうそう、この鳥の声(3)もめっちゃおもしろかったんですよ。

――こちらに向かって話しかけているみたい。

そうそう! ずっと喋っているんです。おもしろくてずっと録っていたんですけど。

――こういう音って後から聴くとおもしろそうです。「そういえばあの夏、こんな取材があって、こんな音を録ったな」と思い出すんでしょうね。音の日記みたいな感覚。

確かに。家の周りに建物が建ったり、道路ができたりすれば当然音も変わりますしね。今は聞こえてこないけど、車のエンジン音が聞こえてきたり。

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――この音(4)は?

これは昨日の雨の音です。雷もすごかったんですよ。私、雨の音もめっちゃ好きで。昨日みたいな強めの雨音もいいんですけど、しとしと小降りのときの雨音も好きです。

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――コンクリートに跳ね返っている音じゃなくて、木の葉にさらさらと降り注いでいる感じがする音ですね。

ああ、確かに。おもしろいですね。これ(5)はさっき写真を撮影しながら録った音です。チェーンソーを使っている音が入っていますね。

――本当ですね。先ほど撮影中に通った小さな川で水がじゃぶじゃぶ流れていましたけど、普段からあんなに流れているんですか?

いや、昨日雨が降ったので水量が多かったんでしょうね。普段は枯れかけている川なので。さっき通ったあの道は子どもの頃、ピアノ教室に通うときによく通っていたんですよ。木がトンネルみたいになっていて子どもの頃から好きで。

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うてなさんが子どもの頃よく通っていたという道

こっち(7)は反対側の川の音です。あの川は一度道の下を通るから、水流が土管のなかで1回凝縮されていて、下流のほうが激しくなっているんです。こっちもいい音ですね。

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――そういえば、うてなさんは雪の降る音も好きだそうですね。

そうなんですよ。雪って音を吸うので、雪が降りはじめるとすごく静かになるんですね。そのなかでも雪が落ちるパサパサって音が小さく聞こえるんです。その音が好きで。周りの音が静かだからこそ、そういう繊細な音も聞こえるんでしょうね。

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自然音に耳を澄ませる意味と意義とは?

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――普段自宅ではあまり音楽を聴かないそうですが、そのなかでもここ最近聴いているものがあれば、どのようなものか教えていただけませんか。

自宅ではYouTubeでゲーム配信やミュージックビデオやら観ているのですが、おすすめに出てきて知った、RMのアルバム(『Right Place, Wrong Person』)は車の中でよく聴きました。

BTSの人だって全然知らずに聴いていたんですけど、本当に素晴らしくて。こんな人がいるグループってどんな感じなんだろう? と、最近遅ればせながらBTSを聴きました。あと、昨日はONE OK ROCKの映画『キングダム 大将軍の帰還』の主題歌(「Delusion:All」)がおすすめに出てきたので聴いていました。そこからまたONE OK ROCKについて調べたりしています(笑)。

――昔から日々音楽を聴いている感じではなかったんですか?

大学生の頃まではすごく聴いていましたね。当時聴いていたのはプログレッシブ・ロックとか宗教音楽、民族音楽。そのあと、ライブサポートするバンドの音を聴く時間が増えたことも、音楽を聴かなくなった理由のひとつかも。練習で精一杯で、趣味で音楽を聴く時間が減ってしまったんですよ。ただ、鬼の右腕をまたやりだすなかで、メンバーからいろんな音楽を教えてもらう機会が増えて、以前に比べると音楽を聴く時間は少しずつ増えていると思います。

――鬼の右腕は2013年に一度解散したあと、2022年に再結成しましたよね。長野に住むうてなさんと東京に住む他のメンバーとは距離が離れているわけですが、今後もバンドは続けていくのでしょうか。

続けていきたいと思っています。鬼の右腕は「おもしろいことをやろうぜ」が一番大事なコンセプトなんですよ。かっこいいことじゃなくて、おもしろいことをやりたい。なおかつ、みんなで楽しく続けることも大事なコンセプトなんですよね。事故なく安全に、楽しくやることが大事。

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――遠足みたい(笑)。

そうそう(笑)。そのうえで今後どんな曲を作ろうか考えています。これからの鬼の右腕では、自分なりに意味があることをやりたいと思っているんですよ。社会情勢を無視してまで、おもしろいことだけをしたいとは思えなくて。

最近、音楽家としては「物事に向き合うことを諦めない」っていうことが大事なんじゃないかと思っています。絶望的な時代だし、一瞬「もう諦めちゃうか」みたいな気持ちになることもあるんですよ。それでも自分なりに考え続け、自分なりに向き合うのが大事だと思うし、それをやめてしまったらマジで終わりだと思うんです。憤りをぶつけ合うだけじゃなく、希望をどう見いだすかが大事だと思いますし……「生きる」っていうことが大きなテーマになっているんです。

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うてなさんの実家の窓には「NO WAR」の貼り紙が

――原村みたいな場所に戻って、普段鳥の鳴き声を聞いているというと、多くの方は世捨て人のようなイメージを持つと思うんですよ。

そうですよね(笑)。

――でも、うてなさんはむしろ音楽とは何か、生きるとは何か、東京にいるときはノイズが多くて考えられなかったことについて向き合うようになったわけですね。

そうなんですよ。東京にいると、あまりにもノイズが多すぎて。たまに新宿とかに行くと、店が多すぎてなんでも売っているなと驚くんですよ。このあたりはお店も少ないので、カルチャーショックを受けちゃうんです。目からも耳からも受け取る情報量が多くて。ただ、ここだと情報が厳選されるぶん、ちょっとしたことでも大きく感じるんですよ。

――鳥の鳴き声もうるさく感じたり。

そうそう。あとは世界情勢やSNSの情報がよりストレスに感じるようになりました。自分にとって必要な情報って何だろう? と考えるようになりましたね。自分が選び取るべき情報なのか、考えなきゃいけない。どこにいても考えなきゃいけないんだけど、東京みたいな場所にいると私は考える余裕がなかったんですよ。

――東京にいるとあらゆる情報に対して感覚が麻痺しちゃいますよね。考えるのをやめそうになる。

そう! ただ長野県に戻る前は生活自体が激変するんじゃないかと思っていたんですよ。朝はめっちゃ早起きして、料理も自炊して、なんかのスムージーとか飲んで、みたいな(笑)。でも、全然朝早く起きられないし、外食もめっちゃ行くし、人間簡単には変われないです。だからこそ勉強もしなきゃいけないし、成長しなきゃいけないなと思っていますね。

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――では、最後の質問です。現代ではTikTokなどショート動画が普及したことにより、音楽の一部分のみを聴く機会が増えていると思うんですね。そうしたなかで鳥の鳴き声や風の音などの環境音に耳を澄ませる楽しさや意義ってどういうところにあると思われますか?

うーん、ショートコンテンツが蔓延してるわけで、難しい問題ですよね。ちょっと関係ない話になっちゃうかもしれないけど、この間ショート動画の話を友人としていて。いろんな「過程」を飛ばしがちになっていると思うんですよ。

――過程?

例えば何かが欲しいときに、Amazonを使えば翌日届きますよね。いろんなことの時間が短縮されていっている。とても便利だけど、欲しいものを手にするまでの過程や準備がギリギリになっていったり、それについて考えなくなっていったりする部分もあるのかなって。音楽に置き換えると、作る側も聴く側にもそれぞれ過程があって、そこを丁寧にやれているかなって自問自答するときがあります。

――なるほど。最近YouTubeでフィールドレコーディングのやり方を解説する動画が人気を集めていますけど、過程や準備の楽しさみたいなことが見直されているのかもしれませんね。

確かに、そういうところもあるかもしれない。あとね、閉鎖的な気持ちになることって誰でもあると思うんですよ。視野が狭くなっちゃうというか。そういうときに外の音に耳を澄ませると、自分がどんな状況だろうと「世界が当たり前に存在している」という事実に気づかされるんですね。私はそこに安心感を感じるんです。

――たとえ車のエンジン音みたいなノイズでも聞こえてくると安心感を感じることはありますよね。

うん。世界は世界だし、自分は自分。ときにそう思えるのも大事だと思うんですよ。世界の音に飲み込まれてしまうと、自分というものが失われてしまう。あくまでも自分がいて、その周りの環境があるという関係性。もちろん東京みたいな場所でそういう関係性を作る難しさはあると思うけど、耳の使い方次第で穏やかに暮らすこともできると思うんですよ。環境音に耳を澄ませるという行為は、そんな感覚を身につけるためのレッスンみたいなものなのかもしれないですね。穏やかな気持ちでいることが大事だと思うので、穏やかでいられる場所や音が見つかるといいですね。

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Text:大石始
Photo:西優紀美
Edit:那須凪瑳

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Beyond magazine 編集部

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