2024年2月19日に、DE&I(※)を切り口とした組織コンサルティング・プログラム提供を行うLYL(リール)と、1980年代の混沌としたアメリカでその名を轟かせたアーティスト、キース・ヘリングの作品を数多く所蔵する山梨県北杜市にある「中村キース・ヘリング美術館」が合同で、キース・ヘリングの作品を通して「DE&I の“E (Equity)”と“I (Inclusion)”に自分軸を。」をテーマにしたワークショップを開催した。
※)DE&I ……Diversity=多様性、Equity=公平/公正性、Inclusion=包括
(左から)LYL代表取締役 小山侑子さん、中村キース・ヘリング美術館プログラム&マーケティングディレクター Hirakuさん
近年会社を経営するうえで、働く一人ひとりのライフスタイルやルーツ、性のあり方などの尊厳を守る組織づくりや働き方が尊重され、これまでの体制が見直されてきている。そんななか「DE&I」という概念が重要視されてきているが、その意味を正しく理解していなかったり、知識として理解はできていても自分たちの組織において正しく反映できていなかったりと、まだまだ課題は山積みだ。そんな“これからの組織のあり方”を重要視し、自身の組織に取り入れたいと希望する人々が本ワークショップに参加した。
本ワークショップでは、2月25日まで「森アーツセンターギャラリー」で開催されていた企画展『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』の作品を鑑賞したのちに、EquityとInclusionについて語り合った。そこで繰り広げられた時間は、参加者にとっての「対話のきっかけ」だった。
著者
中里虎鉄
1996年、東京都生まれ。編集者・フォトグラファー・ライターと肩書きに捉われず多岐にわたり活動している。雑誌『IWAKAN』を創刊し、独立後あらゆるメディアのコンテンツ制作に携わりながら、ノンバイナリーであることをオープンにし、性的マイノリティ関連のコンテンツ監修なども行う。
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混沌とした1980年代に絶望と希望を描いたキース・ヘリング
ワークショップを始める前に、「森アーツセンターギャラリー」で開催されていたキース・ヘリングの軌跡を辿る企画展『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』を鑑賞。そこには1980年代という、人種差別、戦争、エイズ危機といった多くの課題が渦巻いた混沌とした時代に、アートを通して人々に「平和」と「公平性」を訴え続けたキース・ヘリングの作品が約150点展示されていた。
特に当時はアメリカだけでなく、世界中でHIVウイルスが蔓延し、その後エイズを発症し、死に至る「エイズ危機」が人々に不安と絶望を与えた時代。当時のレーガン政権や大手製薬会社はこの現実に目を伏せ、ゲイ男性をはじめとした性的マイノリティ、HIV陽性者を“見殺し”にしていたことに、多くの批判の声が集まった。その声をあげ続けた一人が、キース・ヘリングだ。
キース・ヘリングの友人、恋人、Chosen Family(血縁の家族と縁を切られた/切った性的マイノリティが、自ら選び、形成した家族のかたち)の多くもHIVウイルスに感染し、エイズを発症し亡くなっていた。それは、キース・ヘリング自身がHIVウイルスに感染していることを意味するものでもあり、当時のキース・ヘリングの作品は、彼自身が感じる不安や絶望が毒々しいスタイルで描かれている。しかし、そんななかでもキース・ヘリングは作品を描き続けることをやめなかった。
ゲイの劇作家・活動家のラリー・クレイマーが1980年代のエイズ危機下に何一つ策を施さない政府に抗議するべく、1987年に立ち上げた「ACT UP(アクトアップ)」にも参加していたキース・ヘリングは、1989年にエイズ拡大に対し無関心を貫く政府に警鐘を鳴らすべく、「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿をモチーフとした『Ignorance=Fear. Silence=Death(無視=恐怖 沈黙=死)』を発表。企画展に展示されていた本作品は、今もなお続く戦争や虐殺にも通ずるメッセージだ。
Ignorance=Fear. Silence=Death ,1989
多くの人が「ポップでかわいい」といった印象を持つキース・ヘリングの作品には、こうした社会に潜む暴力や不平等、差別や偏見に対してはっきりと「NO」の姿勢を示すものばかり。同時に、今を、これからを生きることへの希望を見失しないたくないというキース・ヘリングの思いが込められている。実際に、「ACT UP」のラリー・クレイマーやキース・ヘリングとともに声を上げ続けた人たちの力が、政府や大手製薬会社を変え、エイズ治療薬の認可を加速させ、キース・ヘリングが亡くなった7年後の1997年にはHIV感染者の治療を飛躍的に進歩させる治療法HAART(多剤併用療法)が確立された。現在では、HIVウイルスに感染しても、持続的な治療を続けることにより、HIVウイルスが検出限界値未満(Undetectable)まで抑えることができ、その状態を維持していれば、他者に感染させることのない(Untransmittable)「U=U(Undetectable=Untransmittable)」が着々と認識され始めるほどに発展している。
「死の病」として多くの人に恐怖を与えたHIV・エイズも、あらゆる方面から希望を持って声を上げ続けた人々によって、感染したとしても生き延びることができるものとなった。今の時代を生きる私たちは、当時の“かれら”の声によって生きることができているのだ。
受手が自由に想像できる余白を持たせながらも、本人の主張がしっかりと込められている作品たちを、俳優・磯村勇斗さんによる音声ガイド(個人的には、キース・ヘリングが亡くなった31歳であり、ゲイ男性の日常を描いたドラマ『きのう何食べた?』で自由奔放なゲイ男性を演じた磯村さんが音声ガイドを担当しているのは熱い)と、キャプションを通して時代背景を知りながら鑑賞できるのは、キース・ヘリング自身が与えたかった“考えるきっかけ”の場づくりにも通じているだろう。
「公平/公正性」と「包括性」に自分軸を
企画展を鑑賞したのち、LYLの代表取締役を務める小山侑子さんと、「中村キース・ヘリング美術館」でプログラム・マーケティングディレクターを務めるHirakuさんによるファシリテーションのもと、展示を見た感想を3つの単語でシェアし、ワークへと進んだ。
ワークショップでは、5つのグループに分かれて、①「ジェンダーレストイレ/オールジェンダートイレに生理用品を置くべきか」、②「そのうえで自分にできることは何か」をテーマに話し合った。参加者は、日頃から多様な性のあり方や、今回の大きなテーマでもある「公平/公正性」と「包括性」について考え、対話を繰り返している人もいれば、これまではなかなか話すきっかけがなかった人もいる。
参加者の中からは、生理用品を置くことによって安全が損なわれてしまうという危惧から、「置くのではなく、自分で持ってきたらいい」、「自分には生理がないから何も言えない」といった、ひやっとするような意見も出た。しかし、こうした意見が出ることは、これまで生理についてや、ジェンダーレストイレ/オールジェンダートイレについて、学ぶ・話す機会がなかったからだろう。同時に「リスクヘッジができていれば、誰もが安心・安全を得る権利がある」「悪意を信じた選択ではなく、善意を信じた選択をするべき」といった意見が出るなど、なかなか話すことが習慣づいていないトピックだからこそ、「みんなで考えてみる」が重視されたワークショップとなっていた。
各グループで話した内容を発表し、ファシリテーターの2人がその意見を受け止めていくという、“答え”を提示するのではなく「考えるきっかけを生む」という、キース・ヘリングの作品と通ずるスタンスがこのワークショップでは一貫されていた。
より本質的な「対話のきっかけ」を求めて
冒頭にも触れたように、今回のワークショップに参加したのは、“DE&Iをどう組織に取り入れ、多様な人材の活躍を実現していくか"を考えるリーダーたちではあるが、生理が起こる人や性的マイノリティが課せられている課題について、学び、対話し続けているかは人それぞれである。なかには、そもそも生理について話すことをタブーだと感じている人もいただろう。しかし、まだまだこうした対話が重要視されていない現状だからこそ、今回を重要な機会と認識し、本ワークショップに参加していることは、会社や組織、社会にとって1つの希望ともいえる。
ただ、普段から性的マイノリティが課せられている課題に向き合っている著者としては、話し合うと同時に、対話の前か後に、ジェンダーレストイレ/オールジェンダートイレを巡る議論においてどのような現状があり、どのようなデマが拡散されているのかについて知る時間があっても良かったようにも思う。ワークショップ内では出なかったが、個人的には生理用品は「生理が起こるすべての人」に必要なものであり、それはトランスジェンダー男性やノンバイナリーを含む人々が使用する男性トイレにも必要だと感じるし、前提として生理は“女性”だけのものではないことを説明することで、より理解が深まったかもしれない。
しかし、本ワークショップで前提知識が与えられなかったのは、主催の1人である小山さんの「性別や年齢に関係なくニュートラルに発言してほしい。お互いが持つべき『前提知識』が何なのかも含めて考えてほしい」という想いからだった。こうした場で感じる「話しづらさ」や、「疎外感」は、性的マイノリティが普段から感じているソレと、近しいものがあるのかもしれない。ただ、「生理が起こる人」と「性的マイノリティ」という、複数のマイノリティ性を加味して話すうえでは、やはり知識や現状を知ることの機会があるとよかったと思う。そして、企画展のなかでも描かれていた“声をあげることの重要性”をより認識するうえでも、「ジェンダーレストイレ/オールジェンダートイレで生理用品を必要としている人の声を聞く」ことの重要性も伝えることで、「みんなで知識を得て、考え、対話していく」という、課題解決へのプロセスにより近づけるかもしれない。
上記では、本ワークショップに参加してみた著者からの提案を記載したが、参加者にとって今回のワークショップの時間は、この場限りではなく、新たな気づきや考える方法などを得られた時間となっただろう。実際に、ワークショップに参加した人からは「育ってきた時代背景が違うが故の価値観の違いを認め合い、理解し合い、お互いが現代に適したものにものにアップデートしていくことが重要だなと改めて感じた」、「多様性ということを考える時に、どの立場が正しいのかということではなく、その背景にある考えをどのように伝えるかということが重要なのだなということ。それぞれの文脈を大切にすることを意識してコミュニケーションをとっていきたい」など、対話をするためのマインドセットを得たという声が多かった。また本ワークショップで感じた、自身の知識不足や対話不足は、これまでにそうした学びや対話の機会を奪われてきたものであると認識し、今後の必須科目として受け止め、進んでいってほしい。
今後、そうした人たちによる対話の場が増えていくことで、誰もが取り残されない、一人ひとりのライフスタイルやルーツ、性のあり方などの尊厳が守られた、コミュニティ、会社組織、社会が作られていくのではないだろうか。そうした世界を作る最初の一歩として、キース・ヘリングが残してくれた数多くのメッセージと作品は、私たちを「対話」へと導く大きな力となるだろう。
コメント
LYL代表取締役 小山侑子さん
今回は"平等"を理解するため、まずは不平等を見つける。それは、誰の不平等なのか? も含め、あらゆる角度から考えてみる。そして、自分にできることを対話する場でした。DE&Iの実現において、誰しもがさまざまな形でマイノリティの立場を経験をすることが重要だと考えています。ただ、そうした経験することが少ない現代の日本社会においては、会社の中できちんとマイノリティに対する前提知識を全員が持ち、多様な視点を自身の中に常に取り入れ、バイアスを外して対話・行動をする。そうした機会の提供を通じ、今後も企業のDE&I経営の実現を支援をしていきたいです。