ダイソン社の創業者であり、現在もチーフエンジニアとして同社のデザインエンジニアチームを牽引するジェームズ・ダイソン氏。世界初となるサイクロン式掃除機を開発し、モノ作りの重要性を誰よりも信じ続けるジェームズ氏は、近年では教育にも注力しており、次世代のエンジニア育成に大きな貢献を果たしている。そんな同氏は、日本のモノ作り、そして日本の若者に対して何を思うのか。“ユースカルチャーの発信地”をテーマに情報発信するBeyond magazine編集長が話をうかがった。
ジェームズ・ダイソン
ダイソン創業者 / チーフエンジニア。1947年イギリス生まれ。 美術専門学校セントラル・セント・マーチンズを経て、英王立芸術大学院を卒業。紙パック不要のサイクロン式掃除機の発明を成功させ、1987年に日本で「G-Force」を発売。その後1993年にイギリスでダイソン社を創立した。2002年にジェームズ ダイソン財団を設立、次世代のエンジニアのアイデアを奨励するジェームズ ダイソン アワードを毎年開催、また2017年にダイソン大学を開校するなど、未来のモノ作りを担う若者の支援や育成にも力を入れている。
受け継がれるモノ作りに対する思い
ダイソン社は、同社の代名詞とも言えるサイクロン式掃除機の大ヒット以降も、ヘアドライヤーやエアマルチプライアーなどの革新的なプロダクトを生み出し、同社を世界的な企業に成長させた。
創業当初から、核となるテクノロジーの性能が発揮される特徴的なデザインの製品を展開し続けているが、今回発表されたダイソン初のウェアラブル製品「Dyson Zone 空気清浄ヘッドホン」のインパクトも大きなものだった。近未来的なデザインのヘッドホンの中には、なんと空気清浄機が備え付けられているというのだ。各イヤーカップに二重構造のフィルターを搭載したコンプレッサーを内蔵し、取り外し可能なシールドで口、鼻まわりの空気を循環させる仕組みである。
ジェームズ氏の著書『インベンション 僕は未来を創意する』を読んでみると、ジェームズ氏が生み出したサイクロン式掃除機や羽根のない扇風機、ヘアドライヤーなど、さまざまな革新的プロダクトは幾多の失敗を経て、ようやく生み出されたものだということがうかがえた。
なにかを生み出そうと思ったとき、あるいはなにかを作り出そうとするときに必ずぶつかる“失敗”という壁。未知の世界に踏み出す大胆さ、尽きない向上心、モノ作りに対する熱い思い、作り手の社会的重要性を深く考え続けるジェームズ氏は何を語るのか。
ジェームズ氏の視点で見る、モノ作りの国・日本
Beyond magazine編集長:
日本は古くからSONYやHONDAなどのモノ作りに真摯に向き合う企業が存在し、世界的にも大きな影響を与えてきました。ジェームズさんも当時の日本のモノ作りから何か影響を受けたことはあったのでしょうか?
ジェームズ・ダイソン氏:
私は1980年代から何度も日本に足を運んでいますが、日本から学ぶことは多いと感じています。良い製品は必ずしも大きくなくても良いのだと気付けたのは、来日がきっかけなんです。でも当時、私が“より小さいもの”を作ることに注力していたとき、たとえばHONDAはすでに“信頼性の高い製品”を作ることに着目していましたね。
Beyond magazine編集長:
ジェームズさんは数十年間、日本の市場を深く分析、考察されていると思いますが、現在の日本のモノ作りに対してはどのような考えをお持ちですか?
ジェームズ・ダイソン氏:
1970~90年代の日本の製造業は、たしかにとても活気がありましたよね。それに比べると、今は失速しているように感じることもあるのかもしれません。でもそれはたぶん日本がモノ作りの技術や活気を失ったわけではなく、中国をはじめとした諸外国が追いついてしまっただけなのではないかという気がしています。
ダイソンが本社をシンガポールに置く理由は、アジア市場の大切さを痛いほど感じているからです。アジア圏の消費者は“技術”が大好きですし、良いデザインも受け入れられやすい。新しく活気的なモノ作りをしたいなら、英国ではなくアジアに拠点を置くこと、そしてアジアを理解することは不可欠ですね。
モノ作りへの興味再燃の鍵とは?
Beyond magazine編集長:
日本は、現在でもモノ作りに対する一定のリスペクトがあり、職人や大工などの職業には“職人さん”や“大工さん”というように敬称をつけて呼ぶことも比較的メジャーです。しかしその反面、若者は表舞台で活躍する“目立つ職業”に憧れを持ち、モノ作りが注目される機会は少なく、またそこを目指す若者も少ないように思います。
ジェームズ・ダイソン氏:
同感です。ただ、モノ作りの分野が失速の傾向を見せているのは決して日本だけでありません。それよりもずっと大きな問題でしょうね。世界的な問題というか、主に先進国が抱えている問題だと思います。
欲しいと思ったものはある程度何でもあるし、便利だと思うものもすでに身の回りにたくさんある時代ですから、エンタメなどの技術以外の分野に興味の対象が移ってしまうのもわかるのですが……やっぱりちょっと寂しいですよね。モノ作りが国を豊かにしてくれたことを忘れないでほしいですね。
Beyond magazine編集長:
どうしたらモノ作りの重要性が再認知されるようになると考えますか?
ジェームズ・ダイソン氏:
難しい問題ですが、私はデザインやテクノロジーなどを面白い分野として学校で教えることが大事なのではないかと考えています。デザインやテクノロジーを、乾き切ったものではなく、生きたものとして伝えたい。学生たちにモノ作りの面白さを体験してもらいたい。机上の勉学としては学びにくいことにどんどん手を出してほしい。
でも、なかなかこういう分野を面白く教えてくれる学校ってないじゃないですか? 私的にはそれがずっともどかしかったんですよ。でも、ないならつくってしまえばいい。ないものを生み出すことに関して、私たちはプロですから!
そのような経緯もあり、私たちは自分たちの理念と信条をギュッと詰め込んだ学校を設立しました。ここで教えるのは勉学と実践。学生たちは実際に科学者やエンジニアと一緒に働き、ともに新しい技術を生み出すなど、実際の製造に関わってもらっています。
“モノを作ること”も面白いのだと多くの若者が感じられれば、未来はさらに明るい。結果の出にくい分野ですが、諦めず長い目で見て取り組んでいけたらと思っています。
失敗から何かを発見することは「面白い」
Beyond magazine編集長:
ジェームズさんが考えるモノ作りの楽しさとはなんでしょうか。
ジェームズ・ダイソン氏:
失敗から何かを発見することですね。新しい技術を生み出すときには、常に色々な発見があって、それが面白いんです。まあ、気が遠くなるほどの失敗もしますけれど(笑)。エンジニアや科学者の人生は「失敗の人生」なんです。
でも、毎日たくさんの失敗を重ねますが、その失敗が功を奏して何か面白いものを生み出せれば、それって大成功じゃないですか。実験を繰り返し、そこでまた何かを発見する。この感覚は病みつきになりますよ。
Beyond magazine編集長:
何度も繰り返した失敗が最終的に何かにつながる。考えただけですごくワクワクしますね。日本の若者に伝えたいと思います。
ジェームズ・ダイソン氏:
ぜひインスピレーションを与えてあげてください。私たちは先駆者で、経験なんてどうでも良いんです。自分自身の知性を存分に使いながら何かを機能させることは、とても面白いです。
1986年に発売されたサイクロン式掃除機「G-Force」(写真右)。プロトタイプの開発に5126回もの失敗を重ねて完成に至った
Beyond magazine編集長:
若い世代の人と仕事をしていて、どのような点で若者の方が優れていると感じますか?
ジェームズ・ダイソン氏:
物事を解決するという部分において、経験という荷物を背負っている私のような年寄りよりもずっと有利だと思います。良くも悪くも、年長者はこれまでにたくさんの経験を積んでいます。そしてその経験が問題解決につながると思い込んでいるわけですが、果たしてそれは本当にベストな方法なんでしょうか? 私は、それは見当違いだと思いますね。
だってその経験は昔の、古い世界のものですよね。最先端のテクノロジーで溢れているこの時代に、昔のやり方で通用すると思うのは少しおこがましい気がします。新しい世界には、新しい方法がある。そう考えると、知識や経験をアップデートする必要のない若い人たちの方が、解決能力が高く、また解決スピードも速いと思いますね。
Beyond magazine編集長:
経験は必ずしも問題解決には繋がるものではないのですね。
ジェームズ・ダイソン氏:
若い人たちは「正しい答えを持つことによって成功する」とか「自分の知識が成功につながる」「徐々に経験を積まないと成功しない」と思っているかもしれません。でもそれは全部ウソ! 経験なんていりません。それよりも「好奇心を持つこと」と「ナイーブであること」のほうが、よほど成功への近道になると思います。
最近では毎日がスピーディーに流れていて、日々ものすごいスピードで進化を繰り返しています。もしかしたら、明日という日はまったく違う景色になってしまうかもしれません。
昨今のメディアでは、情勢や公害などの話題を取り上げることが多いように思いますが、これらは若いエンジニアが育てば解決できる問題も多いと感じています。「こういう問題がある」とただ事実を伝えるだけではなく、次世代のエンジニアや若い人たちに問題提起を促すべきなのではないでしょうか。
ジェームズ氏から若者へのメッセージ
Beyond magazine編集長:
日本には何か新しいことを始めたいと考えたときに躊躇してしまう若者が多いように感じますが、ジェームズさんも恐怖を感じる瞬間はあるのでしょうか?
ジェームズ・ダイソン氏:
もちろん、恐怖はありますよ(笑)。毎日眠れないくらい怖いです。でも恐怖は、逆手にとればモチベーションにもなります。恐怖がなければ前に進めないんですよ。
従来通りのありきたりな生活の中で生きていれば、怖い思いはしなくても済むのかもしれません。でも私は新しいものを作っていない、世界を変えていない、何も違うことをしていない、そんなつまらない生活を送りたくはないのです。
Beyond magazine編集長:
恐怖の乗り越え方や、どのようなマインドで新しいことに挑戦しているのかを教えてください。
ジェームズ・ダイソン氏:
何か違うものを提供したい、何かを変えたいと思うことで恐怖を乗り越えることができます。ただ、これは言葉にするのは簡単ですが、いざ問題を解決するのは本当に難しいことです。だからこそ、恐怖がなければいけない。“心配してしまって眠れない”というレベルでの恐怖がなければ、何かを変えることはできません。
Beyond magazine編集長:
恐怖を持っていることを不安がらなくていいことに勇気をもらいました。
ジェームズ・ダイソン氏:
怖いというのは普通の感覚ですよ!
Beyond magazine編集長:
ここ数年、若者はスマホの使用で多くの時間を浪費してしまっています。熱中できるものを見つけられていないことも理由のひとつかもしれませんが、個人的にはそのように浪費する時間がもったいないと感じています。
ジェームズさんは若い頃から自分が夢中になれるものを見つけてきたと思いますが、若者がスマホの呪縛から逃れて自分の時間を生きるためには、どのように行動すればいいでしょうか。
ジェームズ・ダイソン氏:
その答えがわかればすごいお金持ちになっちゃうかもしれませんね(笑)。あえて言うなら、学校や大学で実用的な科目を積極的に教えたり、もっと「外に出てモノ作りをしよう」と促すことでしょうか。
製造業以外にも、たとえば農業や医療、ファッション、料理などは机上で望まれる答えを導き出すだけではなく、実用ベースの学びも必要なのではないでしょうか。手を使ってモノ作りをする楽しさを実感できると、それがスマホから離れる理由になると思います。
Beyond magazine編集長:
手を使うことを意識することが大切なんですね。
ジェームズ・ダイソン氏:
面白いことに、教育は手を使うことから自分を遠ざけるんですよね。実際に自分の手を使ってモノを作ることは学校ではあまり重要視されていないというか……。教科書を読んだり、提示された質問に正確に答えるのも必要な学びだと思いますが、それだけでは足りないんです。だって、脳と手の両方を使うことがモノ作りの醍醐味なのですから。
Beyond magazine編集長:
最後に、私たちのメディアにはモノ作りに関わる若者も多く関係しています。若いクリエイターたちに対して、モノ作りを重視し続けたジェームズさんだからこそ伝えられる励ましの言葉をお願いします。
ジェームズ・ダイソン氏:
まず、怖がらないでほしいということ。まわりと違うことは決して怖いことではありません。そして、常に新しいことや違うものに挑戦してほしいということも伝えたいですね。
学校では常に正しい答えを教えますが、実際の人生の中では物事はそんなふうには進まないことがほとんどです。
成功を手に入れたいのであれば、多くの失敗を重ねること。そしてその失敗を受け入れることが問題解決につながっていきます。でも、真の人生の喜びというのは、成功を得ることではなく問題を解決することです。成功はすぐに消えてしまう儚く一時的なものですから、やはり問題解決こそが人生の喜びなのだと私は思っています。
Photo:下城英悟
Text:小林ユリ