ひとり寂しい夜も、好きな芸人の番組を流せば、つい口元が緩む幸せな時間へと彩られる。いつもの帰り道だって、博識なパーソナリティのトークがあれば好奇心くすぐるひと時に。SNSやテレビにはない、春の風のような心地よい温度感で生活に寄りそってくれるラジオ。『飲まずに過ごす東京の夜』にもぴったりの相棒だ。生粋の“リスナー”である俳優、モデルの山本奈衣瑠さんに、その魅力や出会いのきっかけ、好きな番組などを思う存分語ってもらった。
のちの心の支えを発見。心地よい“声のメディア”との出会い
私、息をするようにラジオを聴くんです。仕事の行き帰りや休日の散歩中、家事をするときまで、「radiko」(ラジコ)やラジカセをつけっぱなし。いつもの曜日と時間に、いつものパーソナリティが、いつもと同じ空気感で出迎えてくれることに安心するんです。自分のリズムを一定に保ってくれるという意味では、精神的な支えと言ってもいいかもしれません。
そんなラジオと私が出会ったのは7年前のこと。もともと話上手な人が好きで、バカリズムさんやおぎやはぎさんといった芸人さんの動画をYouTubeで観ていて。そんな中で、2000年代にTOKYO FMで放送されていたダウンタウンの松本人志さんと、放送作家の高須光聖さんのラジオ番組『放送室』を偶然発見したんです。二人の掛け合いが面白いのはもちろんのこと、それ以上に「声のメディアって心地よいな」と感じて。それまで音楽を聴く習慣がなかったこともあって、手持ち無沙汰だった耳のお供になりました。
興味が意図せず広がる面白さ。『安住紳一郎の日曜天国』
とは言っても、その頃はまだYouTubeで流す程度。ヘビーリスナーの道を進み始めたのは、TBSラジオで日曜10時から放送されている『安住紳一郎の日曜天国』に出会ったのがきっかけです。なぜちょっと渋めのチョイスなのかというと、YouTubeにたまたまサジェストされたから。ラジオ関連の動画を観すぎて「もうこの番組しか残ってない!」とアルゴリズムが判断したのかもしれません(笑)。
試しに聴いてみたら、リスナーからのお便りがとにかく可笑しくって。例えば、「スーパーで売っているエリンギのパックを買うとき、大きいものだけ3本が入っているパックと、大きいものが1〜2本と小さめのものが何本かセットになっているパックがあったら、グラム数は同じでも本数が多い方を選んでしまいます。私はせこい人間なのでしょうか?」といった具合。
わざわざ話すまでもないことをあえて言語化する感じが最高で。それを受け止める安住さんの冷静なトーンや、ことあるごとに聴こえてくるアシスタントの中澤有美子さんの“ガハガハ”笑う声もクセになりますね。もうひとつ、クジラ研究家やストロー工作職人、日記収集家のような、個性豊かなゲストも魅力。意図せず自分の興味が広がっていく感覚も楽しかったです。
「ラジコ」と出会ったのも、ちょうどその頃。「課金すれば全国の番組が聴けるの!?」と、これまでにない機能に驚いて感動的とすら思いました。それから一人でいるときは基本的にリアルタイムの放送を流しっぱなしにするように。
番組の選び方は「お昼ご飯の支度をしているときはこの人の声を聞きたい」という具合で、時間帯に合った声を聴くようになりました。ちょうど音楽を選曲するようにパーソナリティの声を選ぶ感覚ですね。最終的なスケジュールは、アナウンサー・赤江珠緒さんの『たまむすび』、評論家・荻上チキさんの『荻上チキ・Session』など、TBSラジオの番組が中心。ちなみにこの頃から曜日感覚をラジオで保つようになりました(笑)。
丁寧な笑いに妙義を感じる『川島明のねごと』
もちろん芸人さんのラジオもずっと聴いています。最近のラインナップは『アルコ&ピース D.C.GARAGE』『山里亮太の不毛な議論』『ハライチのターン!』『バナナマンのバナナムーンGOLD』『オードリーのオールナイトニッポン』『川島明のねごと』。
中でも最近ハマっているのは『ねごと』です。麒麟の川島明さんと天津の向清太朗さんの番組なのですが、川島さんが2秒に1回くらいボケるのが最高なんです。それに対する向さんの受け答えも見事で。あと、ゲストのイジり方も絶妙。
テンションが高くても言葉選びが“うるさくない”というか、どこか丁寧さを感じられて、嫌な気分にならないんです。川島さんは関西の出身ですが、どこか私が好きな“東”のお笑いの雰囲気を感じますね。思えば、先ほど挙げた番組もほとんど関東の芸人さんのものでした。
進化する笑いと不朽な“古典”の虜に。『オードリーのオールナイトニッポン』
ラジオの話をするなら、絶対に欠かせないのが『オードリーのオールナイトニッポン』。“人生のお供”と言っていいくらい好きな番組です。今年で14年目なのですが、若林さんが常に芸人として、大人としてアップデートし続けているところにグッとくるんです。
ラジオはリスナーと距離感が近いメディアだからこそ、パーソナリティが内面をあけっぴろげにできると思っていて。だからこそリスナーもパーソナリティのことを心から好きになれるのですが、その反面で、度々コンプライアンスが問題になりますよね。
そんな中で若林さんは、最近ありがちな「コンプラのせいで何も言えないよね」というスタンスを取らずに、何が問題とされているかもしっかり理解しているのがすごい。時代に合わせて倫理観をアップデートしつつ、トークはブレずにずっと面白いんです。大人として本当にかっこいいと思いますね。
あとは番組の歴史の中で繰り返し話されている“古典落語”のようなエピソードがあって。例えばとあるテレビ番組に若林さんが出演したとき、小学2年生の若林さんがひたすら剣道の素振りをするだけのシュールな動画が流れて。それを春日さんが「面白かった」と言うたびに若林さんが怒るんです(笑)。それも「また話してる!」とリスナー心をくすぐられる要素ですね。
もうひとつ好きなのは、若林さんがことあるごとに“架空の嫁”という体で話をしていたエピソードが、後の結婚報告を経て真実だと発覚した回。あれはリアルタイムで聴いていて声が出るほど驚きました。ホームビデオから結婚発表まで、出来事の大小にかかわらずリスナーと分かち合ってくれるのも、『オードリーのオールナイトニッポン』が大好きな理由です。
そうそう、2024年の2月には東京ドームで番組のイベントが行われるんです。ついにここまで来たか、と長年聴いていた身としては感無量で。最近は番組内で二人が「何を話そう」「演出はどうしよう」と頭を悩ませていますが、私は絶対に成功すると信じています。これだけはリトルトゥース(番組リスナーの愛称)として言っておきたかった!(笑)
音楽やトークもデザインされた『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』
私は俳優業やモデル業と並行して「EA magazine(エア マガジン)」という雑誌の編集もしているのですが、ラジオはそんな仕事にもいい影響を与えてくれるんです。例えば毎週木曜日の『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』の選曲。基本的に深夜の番組はラジオ局がレコメンドしている音楽を流すことが多いのですが、佐久間さんの場合は毎回その日のニュースや印象的な出来事に応じてちゃんと選曲するんです。それが不意に琴線に触れて、“心をぶん殴られる”ことが多くて。
以前、「ラジコ」のタイムフリー(放送後、1週間以内までの番組を聴ける機能)で聴いていたら、中学時代に友達と一緒にハマっていたPerfumeのバラード曲「マカロニ」が流れて。そのときは終電間際の時間帯に地元を散歩していたのですが、ちょうど中学時代によく歩いていたエリアにいたんです。深夜の感傷的な雰囲気と場所と音楽が完全にリンクして、他の人から見ればいつもと変わらない景色のはずなのに、私にとってはこの上ないくらい特別な時間になったんです。
そんなふうに、佐久間さんの選曲は番組を聴いている誰かの心に刺さっているんじゃないかな。きっと空気感や温度感、色が考え抜かれているからなのだと思います。「世の中のものはみんな誰かがデザインしている」と気づけたのも、この番組がきっかけ。“選ぶ”ことで何かを作り出すという意味では編集にも通じるので、私も雑誌を作るときに無意識に影響を受けていると思いますね。
そよ風のような心地よさで今を知る。『荻上チキ・Session』
ラジオをこれから聴き始めたい人におすすめなのは、TBSラジオの『荻上チキ・Session』。評論家の荻上チキさんが、政治や経済のニュースを分かりやすく解説してくれる番組です。例えば選挙のことを調べたくても、たくさんの情報に触れていく中でキャパオーバーになって「もう無理!」ってなるときがあるじゃないですか。でも、この番組は荻上さんとアシスタントの南部広美さんの優しい声と落ち着いた語り口調のおかげで、すっと頭に入ってくる。情報を分かりやすく伝えてくれるツールはラジオ以外にもたくさんあるけど、この番組はその中でもストレスにならなくて。窓から入ってくる風のような心地よさで聴くことができるんです。
アルゴリズムの向こう側から人生を豊かにする。ラジオの魅力
オールナイトニッポンの55周年を記念して今年の2月に行われた生放送イベントも印象的でした。とにかくパーソナリティのラインナップが豪華だったのですが、中でも良かったのが『タモリと星野源のオールナイトニッポン』と『山下達郎と上柳昌彦のオールナイトニッポン』。
私が生まれる前のカルチャーにまつわる貴重なエピソードを聴くことができたんです。もし私が10代でこの番組に出会っていたら今好きな音楽や、本も変わっていたのかな? と、思うくらい価値観が揺さぶられて。自分の興味やアイデンティティは自分の中だけから生まれるものじゃなくて、周りの人や触れるものといった環境によっても形作られていくんだな、と思ったんです。
私たちはたくさんの情報に囲まれているし、「インプットしなければいけない」という強迫観念を感じることがありますよね。でも、必死になって知ろうとしているだけだと、本当に大切なことに気づけない瞬間もあると思います。そんな中でラジオはこれからの自分を形作るきっかけになるような何かを、アルゴリズムの向こう側から突然与えてくれる。しかも無料で、誰にでも平等に。それってラジオでしかできないことだと思っていて。まだまだ全然話し足りないけど、それが私の思うラジオの一番の魅力です。
Edit:小林雄大
Interview&Text:山梨幸輝
Photo:村山世織