CDからサブスクへ、ラジカセからスマートフォンへ。聴くフォーマットやツールは変わっても、いつの時代も私たちに寄り添ってくれるのが、音楽やラジオなどの音声コンテンツ。「耳ディグ」と題し、気になるあの人のお耳のお供を“digる”本連載。
第5回に登場するのは、YouTuberの岡奈なな子さん。KFCのチキンを350mlのコーラで豪快に流し込んだり、トマトが丸ごと乗った冷やし中華で夏を乗り切ったりする彼女が選んだのは、音楽を聴くきっかけになったラジオと「今の気分」にぴったりだという5つの楽曲。
アークティック・モンキーズやTwo Door Cinema Club 、フランツ・フェルディナンドなど“好き”を公言するアーティストがたくさん話題に上がった取材を通して見えてきたのは、受け継いだ祖母の家のキッチンと好きな本が並ぶ本棚に囲まれたあの画角の向こう側、飾らない生活の延長線。
岡奈なな子
1994年生まれ。YouTuber。趣味は、映画・音楽・ゲーム・料理など。日常のショートムービーを中心に投稿するYouTubeチャンネル「岡奈 なな子の日常short movie」では、昭和レトロな雰囲気や飾らない日常動画で性別問わず多くの支持を得ている。
Instagram:
@okanananako_
X:@cyborg_75
YouTube:
@shortmovie_okanananako
音楽を好きになるきっかけをくれた『FM 802』
『FM 802』は、大阪府を放送対象地域とするラジオステーション。『FM802 ROCK FESTIVAL RADIO CRAZY』などの音楽イベント開催でも知られる。
音楽を好きになったきっかけを語るうえで、ラジオの存在は欠かせないですね。子どもの頃、お姉ちゃんがいつかの誕生日に買ってもらったけどすぐに使わなくなったCDコンポがあって。小学校、中学校と友だちが少なくて暇だった私は「ラジオが聴けるやつだ!」と、なんとなくラジオを聴くようになりました。当時の具体的な番組やパーソナリティのことはほとんど覚えてないですが、週末の昼間にかっこいい声の人の番組があって、欠かさずに聴いていたことは鮮明に記憶に残っています。好奇心がとにかく強い年齢だったし、全てにおいて未知だったので、リクエストされて流れる音楽や耳にする情報を全部吸収するつもりで聴いていました。大人になった今も、その時に耳にした音楽を久しぶりに調べることも多いです。
日々、多くの情報が目に飛び込んでくるなかで、耳だけで情報を入れることはめっちゃ大事だなと改めて実感しています。あえて有線のイヤホンで音楽を聴く、みたいなアナログっていいですよね。また家にラジオ置こうかな。
K-POPらしからぬ不思議なクセのある曲とメンバーの活躍に励まされる『Lucky Girl Syndrome』(ILLIT)
韓国の5人組ガールズグループ・ILLIT(アイリット)が2024年にリリースした1stミニアルバム『SUPER REAL ME』の収録曲。
もともとK-POPにはそこまで明るくなくて、TWICEや少女時代くらいしか知らなかったのですが、SNSで流れてきたオーディション番組の切り抜きをきっかけにアイドルにハマった時期があって。最初に見たのは日本の番組でしたが、次第に韓国の番組にもアプリに課金して投票するくらいのめり込むようになりました。そのうちの1つが、ILLITが結成された番組『R U Next?』だったんです。まさか30歳になって10代の女の子が勝ち残るために歌にダンスに表情管理に一生懸命頑張る姿に夢中になるとは思いませんでしたが、「新しい化粧品買って私もかわいくなりてぇ」と思うくらいには影響を受けています。
代表曲『Magnetic』のポップでかわいい印象とは対照的に『Lucky Girl Syndrome』はかっこいい曲。「あたまテカテカ/さえてピカピカ」で有名な、ドラえもんの声優だった大山のぶ代さんが歌う『ぼくドラえもん』に似たイントロで始まる曲で、バンドテイストの曲調にベースラインがすごくきれいな間奏。初めて聴いたとき「めっちゃドラえもんやん」と思いました(笑)。それでいて2分20秒程度の短い曲で、いわゆる大サビが来る前に終わってしまうもどかしさがあって、K-POPらしからぬ不思議な魅力のある曲です。もう1回聴きたくなりますね。私には「推し」という概念はあまりなく、頑張っているメンバー全員を見守りながら応援していて、自分も励まされています。「箱推し」なのかも。
TikTokで知り、ヒット曲の奥深さを目の当たりにした『What You Won't Do For Love』(Bobby Caldwell)
アメリカのシンガーソングライター・Bobby Caldwell(ボビー・コールドウェル)が1978年にリリースした同名のデビューアルバムの収録曲。
この曲はTikTokで知りました。3回に1回ぐらいスワイプしたら流れてくる勢いでTikTokで流行っていたのですが、好きすぎてレコードを買いました。もはや結婚式で流したいぐらい。2PACが『Do for Love』という曲でサンプリングした曲であることも後から知って、気になって調べていたら、ヒットした理由が興味深くて。
この曲がリリースされた1979年、当時の人種差別が今よりも根強かったころ、白人は白人の音楽を、黒人は黒人の音楽しか聴かない風潮があるなかで、白人のBobby Caldwellは正体を隠してラジオで積極的に曲を流す戦略を行ったところ、人種を問わず幅広い人に聴かれるようになり、そこからサンプリングされるまでの曲に至ったらしいんです。今でこそ正体を隠すアーティストは多いですが、1979年にもそんなブランディング戦略があったなんて驚きだし、しかもこの曲は彼のデビュー曲でもあって。すごい曲だなと思います。そんな曲がまた時を経て、ショート動画で再流行して自分のところまで届いたなんて、生粋の大ヒット曲だなと納得しました。
満たされない人間が歌う曲の素晴らしさを教えてくれた『There Is a Light That Never Goes Out』(The Smiths)
イギリスのバンド・The Smiths(ザ・スミス)が1986年にリリースしたアルバム『The Queen Is Dead』の収録曲。
映画『(500)日のサマー』で、ジョセフ・ゴードン=レヴィット演じる主人公のトムがズーイー・デシャネル演じるヒロインのサマーと仲良くなるきっかけになったThe Smiths。最初はこの曲はあまり好きではなくて、別の曲が好きだったのですが、映画を3回くらい観た時に、自分の精神年齢が上がったのか、良さに気づくようになりました。「And if a double-decker bus Crashes into us To die by your side Is such a heavenly way to die(もし二階建てバスが僕らに突っ込んで来たって君のそばで死ねるならこれ以上幸せなことはない)」、ボーカルのモリッシーの常人じゃない歌詞にきれいな音楽。The Smithsってすごいんだなって聴くたびに思います。ギターのジョニー・マーも好きで、寡黙にギターを弾いている姿がいいんですよね。私がギタリストだったら、絶対にギターの上手さをひけらかしていると思う。
寡黙なジョニー・マーと負の感情を抱えるモリッシー。私にはそう映る2人の関係を見ると、The Smithsは解散する運命にあったのかなと、年を重ねたジョニー・マーがThe Smithsの曲を演奏している姿を見て思いました。精神はちょっと不安定な方がいい曲が書けるのかもしれないです。そういう音楽が私は好き。やっぱり幸せになっちゃうと変わっちゃうじゃないですか。いい曲を作ってもらうためにも幸せにならないでほしいなと思います、申し訳ないですが1ファンの気持ちとして。
『六階の少女』(ZAZEN BOYS)
向井秀徳を中心に活動するバンド・ZAZEN BOYSが2004年にリリースしたシングル『半透明少女関係』の収録曲。
NUMBER GIRLが大好きで、そこから自然と聴くようになったZAZEN BOYS。20歳の頃に行った北海道のフェス『RISING SUN ROCK FESTIVAL』で初めて観たときは、かっこよすぎでひっくり返りそうになりました。ZAZEN BOYS初期の楽曲は、まだメロディラインにNUMBER GIRLの残り香を感じるのですが、新たなバンドとして「完成」する前の青臭さがとても好きです。それに、10代の頃のピュアな気持ちが色濃いNUMBER GIRLと違って、高校卒業して社会に放り出されてから聴き始めたバンド。思い入れも強いです。
『六階の少女』の小説みたいな歌詞を聴くたびに、頭の中で風景が立ち上がってきて、自分と重ねてみたりすることも。そしてふとしたときにまた、ページを読み返すように聴く、そんなバンドです。年月を経ても新しいアルバムを発表し、時代と共に進化し続けるZAZEN BOYSからは耳が離せません。
1日の始まりにぴったり。タトゥーとして体にも刻みたい『J-Boy』(Phoenix)
フランスのバンド・Phoenix(フェニックス)が2017年にリリースしたアルバム『Ti Amo』の収録曲。
パリオリンピックの閉会式にもさらっと出ていたPhoenix。私その8時間後に、出ていたことを知りまして。起きたらとっくに終わっていました。映像はどこにも転がってないし、「嘘やん? 言ってくれたら録画もするやん? おかしいやん」って、完全に後の祭り状態。そんな気持ちで選曲しました。
Phoenixは単独公演があったら必ず行きたいくらい好きなバンド。2022年にリリースされた最新アルバム『Alpha Zulu』が出る前までは、『J-Boy』がライブの1曲目の定番曲だったんです。それもあって、私は1日の始まりに聴くことが多く「今日も1日始まるな」って気持ちにさせてくれます。『J-Boy』がどういう意味なのか調べたら「ただ君のせいで」という意味の「Just because of you」の頭文字らしくて。やっぱりこのボーカルはイケてることしててめっちゃいいやんと思いながら、しかもアルバムのタイトルが『Ti Amo』。次に入れるタトゥーはジャケの赤いハートで決まりですね。
パリオリンピックの閉会式の1週間後に日本に来てライブしているなんて、体力バケモンだなって思いました。私がよく行く大阪のPhoenixのライブは、東京に比べて人が少ないので、「大阪公演やめよう」ってなるんじゃないかと心配です。そうなってほしくないので、これを機にもっといろんな人が聴いてくれたらうれしいです。
浮かれた自分の襟は好きな音楽で正す
音楽はあまり家では聴かず、外で聴く派です。音楽聴きたいからコンビニに行くし、ちょっと遠いスーパーまでチャリに乗らずにわざわざ歩いて行くことも。でも、知らない駅に降りたときは遅刻しないようにGoogle Mapとにらめっこするのに精一杯で、音楽を聴く余裕はあんまりないです。
最近はありがたいことに仕事も充実していて幸せな日々を送れていますが、それに危機感も感じていて。動画を撮り始めた頃、あえて気分が落ちる音楽を聴いてから撮影をすることが多かったので、その頃の気持ちを思い出すために、最近は音楽を聴きながら夜中に散歩して、気分を落とすこともしています。落ち込んだときの方が良い映像になることが多かったんです。崖っぷちに立ったときに滲み出てくるものや、ひらめきがよかったのかも。モリッシーとジョニー・マーに求めていることは自分にも求めていることだったのかもしれません。好きっていう気持ちと落ちるっていう気持ちは私には両立する感情なんです。落ち込んだときに聴いた曲ってそのときの感情が残っているので、初心を忘れないためにも欠かせないですね。
Text:Takahiro Kanazawa
Edit:那須凪瑳