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Z世代の作家が見据える日本の絵画の未来

品川亮┃脈々と続く「日本の絵画」を、現代の絵画として描き続ける意味

author: 岩崎かおりdate: 2022/10/25

「現代アートの魅力と、作品を所有する楽しさを知ってほしい」。自らもアートコレクターでアートビジネスの起業家でもある岩崎かおりさん。今回は、「日本画」を「新しい日本の絵画」へ進化させたい、と語る品川亮さんのアトリエを訪ね、日々の制作や自身の原点、今後の活動の展望について語り尽くしました。

油画から日本画、導かれるように「日本の絵画」へ

幼少期から絵を描き続けていた品川さんが、地元·大阪で美術科のある高校へ進学した当時、描いていたのは日本画ではなく、油絵だった。美術大学の受験に失敗した彼は、現地で絵画を観て学ぶべく、2年間のアルバイトを経て、イタリアへと旅立つ。

品川さん:当時、ルネサンス期の絵画、特にピエロ・デラ・フランチェスカ(※1)の作品が好きだったので、教会で修復している人に話を聞いたりしながら、主にトスカーナ地方に滞在しました。

ただ、イタリアの絵画は素晴らしい!といくら自分が語っても、イタリア人のリアクションが薄くて。でもこれって日本人にも同じことが言えるかもしれない、と気づき、イタリアに来てちょうど1年が経ったころ、これからは日本画を勉強しよう! と思い帰国しました。

イタリアに行く前、滞在費を稼ぐために阪急百貨店でアルバイトしていたんですが、そのときの接客経験のおかげで、社交的な術も身につけました。いま展示を観に来てくださる方とのコミュニケーションや、作品のプレゼンテーションに役立っています。

岩崎さん:受験失敗からの百貨店でのアルバイト、そしてイタリア滞在中の気づき、と、一見関係のないようなこともすべて、今の品川さんに繋がっているんですね。

そして2011年、当時大学2年生だった品川さんに転機が訪れる。卒業生の現代美術家·束芋(たばいも)さんが、第54回ヴェネツィア·ビエンナーレ日本館の代表作家に選出され、品川さんはアシスタントとして同行。グローバルなアートシーンを目の当たりにし、日本画への気づきと疑問が生じる。

品川さん:それまで自分が描いていた日本画の評価は、結局、ドメスティックなもので、MoMAやTATEに日本画はありませんし、日本国内と、グローバルのアートマーケットやアート史における評価の差が不思議でした。スイスの芸大への留学·帰国後も、「ドメスティックではない日本画を新しくつくらなければ——」「でも日本って何だろう、日本画って何だろう」と考え続けました

日本文化の歴史を学ぼうと、古い絵や文様、建築などをひたすら観ては描き続け、1年後くらいでしょうか、ようやくこれかも、というものが見つかったのが、モチーフにしている「丸い花」です。

日本人は、漢字をひらがなにしたように、異なる文化を咀嚼し単純化して表現することが得意。「日本画」という言葉は1870年代、明治時代の初めに西洋絵画に対して生まれましたが、もし当時の画家たちが現在のグローバルアートを知っていたらどんな絵を描いただろう、と想像し、花だけを単純化して、葉で見分けられるように描いてみたのが、この“単純化”のシリーズです

品川さん:では、明治時代に「丸い花」を描いた画家が、印象派(※2)の絵画に出会ったらどう描くだろうか、とさらに想像しました。印象派は、それまでタブーとされた筆跡を残して描いたことで、筆致や時間、行為性を絵画の要素のひとつとしました。なので、金箔のシリーズの新たな展開として、絵の具の質感を強調したり、筆をどのように動かして絵の具を重ねたのかが分かるような花の表現を行なっています。

日本の絵画の文脈をふまえつつ、現代の絵画の文脈も取り入れた作品に挑戦しながら、本来あるべき日本の絵画を観たくて描いている、と語る品川さん。歴史を紐解きながら日本画の新しい価値づくりに挑戦する姿勢に、岩崎さんは魅力を感じ、2018年の個展で作品を購入した。

岩崎さん:私が初めて購入した日本画が、品川さんの作品。日本画って美しいし、高い技術を要する絵画なのに、グローバルでの価値がいまひとつ評価されないままでは、長い歴史をかけて培われた日本画の良さがはたして継承されていくのか心配です

品川さんはいろんな方と出会って世界を見たからこそ、気づいてしまった。さまざまな葛藤もあったなか、チャレンジし続ける品川さんから、刺激を受けている若い日本画の作家も多いのではないかと思います。そこに大きな意義があるのではないでしょうか

品川さん:であれば嬉しいですね。

「いま現在を生きる自分」だからこそ描ける絵画を探求して

品川さんの代表作のひとつである金箔のシリーズと並行して描かれているのが、墨絵のシリーズだ。和紙に墨で描く水墨画は、中国の禅僧の修行に由来するが、品川さんは日本で発展してきた水墨表現や宗教美術との関わりも考察しながら、独自のモノクロームの絵画を模索し続けている。

品川さん:応仁の乱(1467~1477年)によって京都は焼け野原となり多くのものを失いますが、だからこそ新しい日本の文化が生まれました。そのときできた新たな日本の絵画の礎は、金、そして墨だと考えています。なので僕は金箔などを多用する作品と、水墨表現をベースにした作品を作っています。金箔のシリーズは、絵画史を客観的に捉え、いわば「外向きのベクトル」で描いているとすると、墨絵は、自分の「内向きのベクトル」で、自分が描きたいように描いているシリーズです。

最近は、墨絵の理解を深めるため、墨ではなくアクリル絵の具を使ってみたり、当時の宗教、政治や画材などによる制約や不自由さもまた重要なカギではないか、そしてそれらをうまく活かせないか、と考えています。

岩崎さん:二つのシリーズを行き来することでバランスがとれ、相乗効果でいろんなアイデアと可能性が広がっているんですね。

品川さん:はい。墨絵を研究した際に、俵屋宗達(※3)が法華信者だとわかって、とても腑に落ちたし、自分が作品をちゃんと観ていなかった、と気づきました。きっとこういうことが今後も続くんだろうな、と。

金箔と墨絵。二つのシリーズを行き来しながら、現代における「日本の絵画」とは何かを考え続けているし、誰よりも自分がそれを観たい、と語る品川さん。日本における文化と絵画の歴史だけではなく、西洋美術史やグローバルなアートマーケットの文脈をもふまえた視座の高さは、自らの作品をも俯瞰する。

品川さん:アートには"時代を映す鏡"のような要素があると思うんです。

狩野永徳(※4)が描いた唐獅子図屏風から織田信長の権力の凄まじさが、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵から空気遠近法(※5)の確立が読み取れるように、将来、僕の絵を観た人が、2020年代にグローバルマーケットやアートヒストリーにおける日本の絵画について考え、アートヒストリーに残るようにしよう、と努力した人物がいたんだな、と思ってくれたらいいな、と。

そのためにも、自分の考える絵画、2020年代の日本の絵画とは何か、を考え、努力し続けないと。

岩崎さん:素晴らしいですね。私が今回、Beyondの読者に品川さんをご紹介したいと考えたのは、彼の作品から学ぶこと、気づくことがたくさんあるから。古い日本の文化にも意味があって面白い魅力がある、ということをぜひ知ってもらいたいです。

いつか、自分にしか引くことのできない「線」を

江戸時代、酒井抱一(※6)が、私淑する俵屋宗達の《風神雷神図屛風》の裏面に《夏秋草図屏風》を描いたように、いつか僕も抱一のように過去の尊敬する作家と一緒に作品を作りたい、と語ってくれた品川さん。500年という時を超えた琳派(※7)の作家とのコラボレーションだけでなく、創作への好奇心は尽きないようだ。

品川さん:今後、茶席で使うお菓子や、棗(なつめ)茶碗などにも挑戦してみたい。今、お茶を習っていることもありますが、絵画以外で自分がどんなものをつくるのか、誰よりも自分自身が見てみたいんです。日本美術にはまだまだ、自分ができること、やりたいこと、見なきゃいけないものがたくさんありますし。

岩崎さん:そういった好奇心旺盛なことは制作活動にプラスになると思います。絵画と関係ないと言いながらも、今後の作品に活きてくるんだろうな、と思うと、とても楽しみです。

品川さん:今後も金箔のシリーズを進化させつつ、モノクロームのシリーズを描き続けていきたいですね。一生のうちに描ける時間って決まっているから、今は描ける限り描きたい。"上手い人"って世の中にたくさんいますが、線を一本引くとしたら、たぶん僕にしか引けない線があるはず、と信じていて。いつか僕にしか引けない線だけで、絵を描けたら、幸せやろなぁ、と思っています。

岩崎さん:その人らしさ、その人にしかできないもの、意味があることをされていて、個性やユニークであることはとても大切。コレクターとしても、品川さんのような作家の作品を持ち続けてたいですね。

執筆:Naomi

※1 ピエロ・デラ・フランチェスカ:1416頃~1492年。イタリア・初期ルネサンスの画家。《ウルビーノ公爵夫妻の肖像》や《ブレラの祭壇画》などが有名。数学や幾何学を絵画に持ち込み、自身も研究を続けた。

※2 印象派:1870年代のフランスで、絵画を中心に起こった芸術運動で、クロード・モネ(1840〜1926年)の作品タイトル《印象・日の出》(1872年)に由来する。宗教や歴史、神話などをテーマに輪郭や影をはっきり描くのではなく、画家自身が観た日常の様子や、屋外の風景などをモチーフに描いた。

※3 俵屋宗達:生没年未詳。17世紀前半(桃山時代から江戸時代初期)に京都で活躍した画家。独学ながら卓越したセンスと技術で、平安時代から続く伝統的な画風(やまと絵)を独自に進化させ、墨や顔料をにじませて描く「たらし込み」の技法を生み出した。扇面画、水墨画、金碧障屏画や屏風など数多くの名作を残している。

※4 狩野永徳:1543~1590年。16世紀後半(桃山時代)に活躍した画家。幼少期より天才的な絵画の才能を持ち、当時100年ほど続いていた絵画の流派・狩野派を20代で継ぎ、織田信長、豊臣秀吉などの権力者に取り立てられる。安土城や大阪城、東福寺などの大規模な障壁画を数多く手がけるも、戦乱により現存する作品は極めて少ない。

※5 空気遠近法:遠くの風景ほど青っぽく見え、湿度が高くチリの多い空気のところほど白っぽく見えるという、空気や光の作用による色彩や輪郭の変化で距離感を表現する技法。色彩遠近法、または大気遠近法とも呼ばれ、《モナ・リザ》の背景には象徴に描かれている。

※6 酒井抱一:1761~1828年。18~19世紀(江戸時代後期)に江戸で活躍した画家。姫路城主の孫として生まれ、狩野派や浮世絵などさまざまな流派の絵画を学び、俳諧、書画も嗜んだ。37歳で出家した頃、100年前の京都で活躍していた尾形光琳・乾山の作品に魅了され、自ら光琳の百年忌法要や展覧会を開催した。

※7 琳派:俵屋宗達と本阿弥光悦、尾形光琳・乾山、酒井抱一と、ほぼ100年ずつ異なる時代に生きた画家たちが、それぞれに先人の作品に学び、独自の構図や、墨や顔料をにじませて描く「たらし込み」の技法を継承して描いた美術の動向。1972(昭和47)年に東京国立博物館で開催された特別展「琳派」から一般的に知られるように。

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この作品は植物の花の部分を単純化して描いているもので、椿の花が描かれている。日本特有の文字である「ひらがな」は、中国から伝わった漢字をもとに、今から約1千年以上前に生み出された。例えば「安」という文字から「あ」、「以」から「い」、「宇」から「う」というように筆をもって単純化することでひらがなを作り出した。部首や作りから複雑な意味や読みを持つ漢字を筆による見た目の単純化だけでなく、それ自体に意味はなく、またほとんどの文字は1つの音でしかないという、さまざまな意味で単純化という作業が行われている。

このシリーズは僕が絵描きとして初めに作ったものです。現在はこのシリーズから派生して作品が変化していて、これからも変化していきます。同じ時代に生きているコレクターとして、一緒に今後の僕の作品の変化を楽しんでいただけると嬉しいです。

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品川しながわ·りょう

1987年生まれ、大阪府出身。京都を拠点に活動。琳派や狩野派、水墨画などの伝統的な日本の絵画をベースにしながら、現代的な要素を取り入れた作品を制作。歴史や伝統を再考し、現代美術の流れを組み込むことによって、新しい日本の絵画作品の可能性を拡張し続けている。掛け軸や襖絵といった表具など、伝統的かつ多様な手法を駆使して現代の建築空間との対峙も積極的に取り組みながら「日本の絵画とは何か」を探究し続けている。国内外での個展やグループ展にも多数参加。

HP:RYO SHINAGAWA
Instagram:@ryo__shinagawa
Twitter:@shinagawa_ryo
facebook:品川 亮


2020年創設。企業向けのアート事業に関するコンサルティングや、アートとコラボレーションしたブランディング、アートリテラシー向上に関するセミナー·ワークショップを主催。また、アーティストサポートやブランディングも手がける。現代アートを活用しながら、その価値創造機会を創出し、アート×マーケティング、アートシーンのネットワークづくり、アートコンシェルジュなど、アート文脈で多岐にわたる事業を展開。

URL:http://theart.co.jp/ MAIL:info@theart.co.jp

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株式会社THE ART代表取締役社長
岩崎かおり

愛媛県生まれ。アート鑑賞と旅行が趣味の両親のもとで育ち、幼少のころから国内外のアート鑑賞が習慣に。大学院修士課程ではモノづくりの経営学を学ぶ。海外のアートフェアやギャラリーに通い続け、世界のアート関係者とのつながりを通じ、日本と海外のアート市場の格差や、アートがもっと活性化する余地が大きい国であることを痛感。2018年、当時勤務していた大手国内銀行で、有志によるアートクラブを発足。翌2019年、大手国内銀行にてアート企画推進を立ち上げ、日本橋支店の店内に現代アート作品を展示する「アートブランチ」プロジェクトを企画・リリース。国内金融初の試みは、数多くのメディアでも取り上げられた。アートバーゼルで名和晃平氏のPixCell作品を購入して以来、アートコレクションの魅力を知り、アートコレクターとしての顔ももつ。自身の現在のコレクション作品数は約250点。
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