世界中からデジタルノマドが集った「Colive Fukuoka」。このイベントを訪れて分かったのは、福岡という都市の新たな魅力。それと共に気付かされたのは「AI PC」という存在が生む変化。「Colive Fukuoka」を通じて感じられた2つの可能性についてレポートする。
アジア最大級のデジタルノマドプログラム「Colive Fukuoka(コリブフクオカ)」が、10月1日から31日の間で開催された。
「Colive Fukuoka」は、2023年度から福岡市が推進する「海外デジタルノマドの誘客を目的としたプログラム事業」を受けて、国内でデジタルノマド市場の拡大を進める株式会社 遊行(ゆぎょう)が主導する官民連携プログラムだ。
プログラム期間中は主に海外からの参加者を対象に、スタートアップ企業交流イベントや、コワーキングスペース、ノマドカフェ等の利用体験、福岡の屋台や食、生活を体験できるツアーなど、さまざまなイベントが用意された。
「ノマド」というライフスタイル
場所や時間に縛られずに自由な働き方を実践する「ノマドワーカー」たち。「ノマド(nomad)」とは「遊牧民」「放浪者」を意味する言葉であり、現代では特定の場所に縛られずに、そのときどきで自分が働きたい場所で仕事をするスタイルのことを指す。中でもPCやスマートフォンを駆使し、現代的な働き方を実践する者を「デジタルノマドワーカー」とも呼ぶ。
多くのノマドワーカーたちは世界中を転々とする。その土地ごとの人との出会いや自由な時間を過ごしながら、ノートPC1台で仕事をこなす。「ワークスタイル」というよりも、仕事を含めた「ライフスタイル」だと言える。
「ノマド」は、日本では2010年代前半ごろから、スマートフォンの登場やクラウド型サービスの充実に伴い、広く知られるようになった。
PC一つで仕事を完結するエンジニアやWEBライターといった職種の間で広まり、カフェやコワーキングスペースで仕事をする人の姿を目にすることが増えた。「スタバでMacBook」なんて揶揄が生まれたのもこの頃だ。ただ、日本社会にそれほどフィットしなかったのだろう。当初の熱が冷めてからは数年の間、話題に上ることも少なくなっていた。
ところが、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大以降、リモートワークやオンラインミーティングが一般的になったことで、再び注目を集めている。オンラインサービスは年々多様化し、デバイスのマシンパワーも向上し続けている。後ほど説明する「AI」の登場も見逃せない要素の一つだ。ようやく日本においても、本格的な「デジタルノマド」生活のための下地ができたという状況かもしれない。
「エンジニアフレンドリー」狙う福岡市
福岡市内にはノマドカフェやホテルに併設されたコワーキングスペースなどが多数存在する。写真は多くのノマドワーカーが利用する「lyf天神福岡」
そんな中で、デジタルノマドワーカーたちのための都市として名乗りを上げたのが福岡市だ。
福岡市はかねてより「エンジニアフレンドリーシティ」を標榜してきた。スタートアップ支援や、IT企業、クリエイティブ関連企業の誘致や、市内でのエンジニアカフェの設置などを積極的に進め、IT分野で働く人の増加に取り組んできた背景がある。
デジタルノマドワーカーに向けた都市として、世界中にアピールを続けるのにはいくつかの理由があると語るのは、福岡市経済観光文化局の横山裕一氏だ。
横山裕一氏
「福岡は90%以上の方々がサービス業として働いています。スタートアップの招致やビジネスマッチングを通じて、特にエンジニアを中心に福岡市で働く人口を増やしていきたいと考えています。
そのためには海外へのアピールが重要。西日本(京都以西)は、観光客を含めて欧米からの人々をあまり呼ぶことができていない現状があります。世界中で『デジタルノマド』という働き方が注目を集める今、積極的にアピールすることで『デジタルノマドが集まる都市ってどんなところなんだろう』と興味を持ってもらう。そして福岡の魅力に気づいてもらうことで、新たなビジネスの創出や、エンジニア人口の増加につながればと考えています」。
福岡が「日本一のデジタルノマド都市」である理由
そんな福岡市だが、なにも行政が一方的にアピールしているだけ、というわけではない。実はデジタルノマドワーカーにとって絶好の環境が揃っているという。「福岡市は日本一のデジタルノマド都市だ」と話すのは、遊行の代表を務める大瀬良亮氏。世界中を自由に移動しながら働く、ノマドワーカーとしての視点でその理由を話してくれた。
大瀬良亮氏(写真左)
「自分はもともと東京に住んでいましたが、福岡に拠点を移してから、福岡こそ日本一のデジタルノマド都市である、という考えが確信に変わりました。
まず1つは、市内から空港までが近い。自分はいつもギリギリの行動になってしまうので、東京ではタクシーで7000円かけて羽田空港に向かっていました。ところが福岡はタクシーでも、電車でも10分で到着します。電車料金だったら180円ですよ。
浮いた7000円を使えば、韓国の仁川(インチョン)国際空港まで行けます。仁川国際空港はアジア圏だけでなく、ヨーロッパへの便も非常に安く取れることがあるんです。頻繁に海外を行き来する自分たちノマドにとっては、仁川国際空港までのアクセスのしやすさは非常に大きな利点です」。
「スタートアップ支援の手厚さも魅力の一つです。ビジネスチャンスを探しに来る人も多い。それに加えて福岡の方々の親しみやすさ。東京ほどドライじゃないし、大阪ほどウェットすぎない。屋台で肩を並べていると不思議と打ち解けている。ビジネス面でも素敵な出会いに発展しやすいと感じます。
ちなみにノマドとして活動する人の多くは、自分の利益よりも、地球環境のことを考えて活動する人が多くいるのも特徴です。つまりノマドワーカーにとって自然との距離感は大切な要素の一つといえます。福岡はこれといった観光地がないことで、観光客が増えすぎることもない。それに市内近郊に海や山など自然が溢れており、誰にも邪魔されることなく楽しめます。今回のイベントの会場となった大濠公園もジョギングやヨガ、読書なんかにピッタリですよね。もちろん物価も安い。本当に“ちょうどいい”街だと思います」。
大濠公園に世界中のノマドワーカーが集う
今回、取材に向かったのは「Colive Fukuoka(コリブフクオカ)」のメインウィーク。多くの基調講演が行われる日だった。
会場となったのは福岡市民の憩いの場・大濠公園(おおほりこうえん)内の大濠公園能楽堂だ。大濠公園は福岡市中央区にある、外周2キロほどの巨大な池と、その池を囲うように作られた公園である。市内の繁華街からも10分とかからずアクセスできる場所にあり、空が大きく開け、水と緑が気持ちの良い公園だ。
能楽堂の会場では多くの公演が行われた。高島宗一郎福岡市長の挨拶に続き、福岡大学和太鼓部 鼓舞猿によるパフォーマンスが会場を沸かせる。そして片付けコンサルタントのこんまりこと近藤麻理恵氏が登壇し、「こんまりメソッド」を披露。日本よりも国外で絶大な人気を誇るこんまり氏の公演では、著書を抱えながら話に耳を傾ける熱心なこんまりファンも見られた。また台湾、エストニア、フィリピン、マレーシア各国からゲストが登場。各国のデジタルノマド事例の紹介などが行われた。
会場内には浴衣を身にまとった参加者なども多く、皆一様にリラックスして過ごしている。ビジネスイベントというよりも、友人たちとちょっとした・エンタメイベントに遊びにきたかのようなムードだった。
Lenovoが打ち出す「AI PC」とは?
この日のもう一つの目玉は、プログラムのプラチナパートナーである日本マイクロソフトとレノボのコラボレーションによる「AI PCガーデン&カフェ」だ。
能楽堂敷地内の庭に用意されたのは、今2社が力を入れる「AI PC」だ。世界中から集まるノマドワーカーたちに実際に触れてもらうことで、その魅力やノマドとの相性の良さを知ってもらおう、という狙いだ。
そもそも「AI PC」とはどういったものなのか、簡単に説明したい。
昨今話題のチャットAI「Chat GPT」や画像生成AIの「DALLE-2」などは、オンライン上で利用できるAIを利用したサービスだ。「AI PC」の場合、チャットや画像生成をはじめとする様々なAI機能が、PC本体にはじめからインストールされている。これらのAI機能をローカル上(ネットワークに接続していない状態)で動かすマシンパワーを備えたモデルを一般的に「AI PC」と呼んでいる。中でも、さらに細かいスペック要件を満たしたモデルは、マイクロソフトによって「Copilot+ PC」と認証され、現在各社揃って注力する新たなカテゴリーとして注目されている。
今回展示されていた「Lenovo Yoga Pro 7 Gen9」「Lenovo Yoga Slim 7x Gen 9」「Lenovo Yoga Slim 7i Aura Edition Gen 9」は、それぞれ「Copilot+PC」として認証を受けたモデルだ。ちなみに「Yoga」は、レノボのラインアップでのクリエイター向けのラインだ。
「Copilot+PC」の主な機能をいくつか紹介しよう。対話型のAIコンパニオン「Copilot」にはじまり、手描きの絵からAIが画像生成を行う「コクリエーター」、リアルタイムで音声字幕をつける「ライブキャプション」、オンラインミーティング時などに背景ぼかしや、画面の明るさ調整を自動で行う「スタジオエフェクト」、自動で画面のスクリーンショットを撮り過去の画面をいつでも遡って確認できる「リコール」などが存在する。
画面左半分にイラスト描き、右半分でプロンプト(指示文)の入力と描写のスタイルを選ぶことでイラスを生成できる
会場ではコクリエーター機能を使って生成した画像を、その場でトートバッグにプリントできた
お気付きの通り、AI PCが提供するのは「全く存在しなかった新しい機能」ではない。「これまで人力でなんとかやってきたあれこれをAIがサクッとやってくれる」という、いわば労力のアウトソースのようなものだ。余計な作業や調整ごとに頭を悩ませることなく、自分のやるべきこと、もしくは得意なことに集中するためのアシストをしてくれる「Copilot」=「副操縦士」というわけだ。
ノマドワーカーとAI PCの化学反応
そんなAI PCは一見ノマドとはあまり関係なさそうに思えるが、レノボ、コンシューマー事業部の柳沼綾氏によれば、デジタルノマドワーカーにとっての利点も詰まっているという。
柳沼綾氏(中央)
最も注目すべきは、バッテリーの持ちと軽量化だ。
場所を選ばずに仕事をするノマドワーカーたちにとって、デバイスのバッテリー管理は悩みの一つだ。一方で、バッテリーの持ちとトレードオフになってしまうのがデバイスの重量。バッテリー容量が大きくなればその分重くなってしまう。とにかく移動が多いノマドワーカーたちの中には、100g単位で荷物の重量を調整する人もいるという。このバランスがノマドワーカーたちにとって最も重視する点となるわけだ。
今回展示されていた各モデルは、それぞれ連続で10時間以上の使用が可能なものとなっている。バッテリーが長持ちするノートPCといえばAppleの「MacBook」シリーズがその代表格だったが、もはや大きな差は存在しない。
重量も大きく進化している。展示されていた中で最も軽い「Lenovo Yoga Slim 7x Gen 9」は1.28kgとなっている。他のモデルも約1.5kgほどに抑えられており、ほとんどストレスを感じることなく持ち運びできる。
これを実現したのが、NPUと呼ばれるAIの処理に特化したプロセッサーユニットだ。これによって効率的なバッテリー運用が可能となり、バッテリーの容量(=サイズ)を増やすことなく、消費電力を抑えるというかたちで軽量化を行った。
そんな「AI PC」がデジタルノマドたちにとって、どのような恩恵をもたらすかはまだ未知数だ、と語るのは日本マイクロソフト業務執行役員の佐藤久氏。
佐藤久氏
「ビジネスでは異なるグループやコミュニティ間でのコラボレーションが最も重要ですよね。思わぬ出会いによって1+1が100にまでスケールするところに面白さがあると思います。そして今回のイベントで感じたことは、デジタルノマドのコミュニティはこれまで見たことがないレベルで仲が良い。横のつながりが非常に強いんですね。これまでマイクロソフトがリーチしてこなかった層なので、どんな風にAIを使ってくれるのか興味があります」。
さらに柳沼氏も「AIには私たちが提示した使い方を超えていく面白さがあります。ノマドワーカーの中にも特に多いとされる起業家をはじめ、エンジニア、クリエイター、マーケターといった職種と、Z世代のユーザーたちがどんな風に活用してくれるのかとても楽しみです」と応じる。
IT業界がこれだけのダイナミズムを持って動くということは、どうやらAIの普及というのは私達が思う以上に大きな出来事だったと強く実感する。そして次に問われるのは私達の選択そのもの、というわけだ。日々の生活や生き方そのものを、「AI」というツールから見直してみるのも一つの方法ではないだろうか。
Photo:村山世織