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茅ヶ崎以外からの救世主も現る!?

全国制覇なんてムリじゃないのか? 2年生の夏は、どん底からはじまった

author: 村瀬秀信date: 2023/09/30

プロスポーツ界の最前線で戦うスポーツジムが作った中学野球チームは、はたして令和の“がんばれベアーズ”のような、ドラマティックな結末を迎えることはできるのだろうか? この物語はこれからどちらに転ぶともわからない、現在進行形で進んでいる完全ドキュメントな“野球の未来”にかかわるお話である。野球作家としてお馴染みの村瀬秀信氏が、表に見えるこどもたちのストーリーと、それを裏で支える大人たちの動きや考えを、それぞれ野球の表裏の攻撃守備ように交互に綴っていく。

〜 6回の表 子どもたちの物語 〜

26対0という大敗を超える惨敗

同じ中学生だとはとても思えなかった。

ボールのスピード、打球の速さ、守備の華麗さ。そして圧倒的な相手を飲み込んでしまうようなオーラ。何もかもが僕たちとは違っていた。

2022年7月16日。2年生の夏休みに僕たちは長野県に遠征に来ていた。SKとの26対0という敗戦から立ち直り、ようやくチームの形ができてきたところで、全国大会常連の強豪、静岡裾野リトルシニアと練習試合が組まれたのだ。

相手チームにはバッテリーをはじめとした中心選手にドラゴンズJr.出身の選手たちがいる。つまり現時点で全国トップクラスにある選手たちである。彼らとの戦いに自分たちがどこまで通用するのだろう……なんて、期待をしていたのは試合前までだった。

プレーボールの声と共に、裾野の攻撃が終わらない。1番から7番までフォアボールと長打の連続で気がつけば1死も取れずに7失点。決して調子が悪くなかったユウギがワンナウトも獲れずに降板してしまった。二番手のガクが後続をなんとか打ち取ったが、以降も2回に2点、3回7点、4回には10点と裾野のバッターにやりたい放題やられてしまった。

 逆に攻撃陣は相手エースに手も足も出ない。タカシがレフト前に一本打っただけで、エースが2回で早々に引っ込んでしまうと、2番手3番手のピッチャーには無安打に抑えられる。終わってみれば5回で27対0。あのSK戦よりも1点多いボロ負けだった。

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手も足も出ない完敗。これが全国レベルということなのか。

「全国制覇を遂げるためには、今の力では通用しない」。

そんな現実を突きつけられたような衝撃的な敗戦。それは、この長野遠征だけでは終わらない。その1週間後に行われたポニーリーグ最大の大会、夏の『全日本選手権大会』……の、交流戦(本戦に出場できなかったチームのトーナメント)である。ここでも1回戦の三鷹ポニーベースボールクラブに8対3で完敗してしまう。

僕たちはまだ2年生。まだ1年ある!

……無理じゃないのか?

全国制覇なんて目標、最初から無理だったんじゃないのだろうか。全国に行くようなやつらは、小学生の頃からその地域で“一番野球がうまい”ともてはやされてきた生まれつきの天才みたいな選手で、プロ野球に行くのはそういうひと握りのエリートが、裾野や湘南クラブみたいな強豪チームでキャリアを積んで、甲子園の常連校からドラフトに掛かるって、明らかな道ができていると諭されているような気がした。

エリートになれなかった僕らはどこまで行っても凡人のまま、才能あるやつらだって努力しているのだから、僕らが追いつけるはずがない。

「いいか。あと1年ある。追いつけないと思えば絶対に追いつけない。だが、お前らは成長する。以前の自分たちを振り返ってみろ。進化のスピードは、他のチームの誰にも負けているとは思わない。あと1年だ。頂点を目指して本気でやってみろ」

竹下代表が、そんな言葉を投げかけてくる。

そうだ。僕たちはまだ2年生だ。まだ1年あるのか、それとも、あと1年しかないのか。全国のレベルに行くためには、正直、気が遠くなるぐらい、まだまだやらなければならないことがたくさんある。だけど、ここで投げ出したらこれまでやってきたことがすべて無駄になってしまう。

合宿で野球漬けの日々を送る

幸運だったことは、すぐに合宿があったことだった。

2年生の夏合宿は、山梨県での2泊3日。去年は新潟ボーイズと合同での合宿で、チームとしての基礎をお兄さんたちに叩きこまれたわけだが、今年は単独チームでの野球漬け。竹下代表、阪口監督以下、コーチ陣たちと自分たちのチームだけで、四の五の言わずに野球と徹底的に向き合えたことは、時期的にも幸運だったのかもしれない。

SKや裾野での敗戦から、少し元気がなかった阪口監督も、この合宿の頃には完全復活していた。

年の近い兄貴に近い頼れる阪口監督

阪口監督はまだ28歳。ブラックキャップスの監督になる前の年まではオーストラリアの独立リーグでキャッチャーとしてプレーしていただけあって、グラウンドの中で誰よりも動ける人だ。

バッティングの時には打撃投手になり、試合形式ではキャッチャーに入って、守備陣にケースごとの指示を送ってくれたりもする。時々、打席に入ってユウギやガクから本気でサク越えする大人気のなさもあるけど、僕らと同じように、汗と泥にまみれて大声を張り上げながら、ボールを追い掛けてくれる。

一歩グラウンドを離れれば、恋バナをすることもあれば、一緒に歌を歌うこともある。監督というよりも、年の近い兄貴みたいな存在だ。

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阪口さんは、試合になるとサードのベースコーチが定位置だ。

「ビビってんな!」
「次くるぞ!狙ってけ!」

 そんな大声とサインを出しながら、最前線で戦ってくれる感じがすごく頼もしい。ヒットを打って、サードまで行くとそこに阪口さんが待っていてくれて、自分のことのように祝福してくれるのだ。

この前の試合で、ケンタロウがホームランを打った時なんて、プロ野球選手みたいにサードベースを回ったところでジャンプしながらハイタッチをしていた。あれ、怒られないの? と心配しつつも僕らは大笑いしてしまった。

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どんな局面でも明るさこそ一番の武器

明るさは僕らの武器だった。失敗したり、上手く行かずにヘコんでいようものなら誰かが声を掛けてくれるから、落ち込んでいるようなヒマはない。

この夏。圧倒的な敗戦のショックは自分たちにやるべきことを明確にしてくれた。それは、やらなきゃ勝てないということだ。

「一人一人が勝つという目標に向けてやるべきことをやる。強いチームはそれぞれが自分のやるべき役割を理解しているんだよ」

コーチの日野さんはそんなことをいつも口にする。

ただ言われた練習をやるだけじゃない。今、この局面で自分に何ができるのか、考えてやらなきゃ、強豪たちには勝てないということだ。

誰よりも理解していたのはキャプテンのキズナだろう。レギュラーとしてゲームに出ることが少なくなってはいたけど、その分誰よりもチームの今の状況であり、やるべきことを理解して僕たちの背中を押してくれた。この8月はワッチョが自転車で転んで骨折してしまうアクシデントもあった。みんなが精一杯野球にのめり込んでいるところ、何もできずに悔しい思いをしていただろうけど、ワッチョは明るさを失わず、ベンチで盛り上げ役に徹してくれた。

面白かったのは、本庄ボーイズとの試合での3試合目だ。混合チームになって、自分たちで試合を動かして行く変わったゲームをやると、これをさらに盛り上げてくれたのが主審を買って出たワッチョ。奇妙な動きとオーバーパフォーマンスで、本庄の監督さんから「今日のMVPだよ」とお褒めの言葉をいただくほど、グラウンドの空気を持って行ってしまった。

やがて、自分たちが最上級生となり、泣いても笑っても最後の1年の幕開けとなる秋の大会がはじまる。

秋季大会は“勝てる”感覚が得られた

エスエスケイカップ関東連盟秋季大会。昨年は1勝4敗で予選敗退したこの大会。今年は予選のリーグ戦で5試合を戦い、さいたまポニー2対1、千葉みらい18対9、立川ポニー9対1、清瀬ポニー7対6と勝利。宿敵のSKポニーには勝てなかったけど、7対13と以前のボロ負けよりはまともな試合ができてきた。

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5試合4勝1敗。さらにはトーナメント進出決定戦でも市原中央ポニーに12対2で勝ち、ベスト16にまで来ることができた。

それは、はじめて得た経験だったのかもしれない。2年前のチーム結成以来、「成長している」と言われ続けながらも、どこか不安に感じていた“勝てる”という感覚。それが実感として少しずつわかってきたような気がする。

とはいえ、決勝トーナメントでは市原ポニーに1対7であっさり負けてしまうのだ。トップクラスとの力の差は簡単に埋まるはずもない。悔しいけれど。

茅ヶ崎以外からの救世主2名現る

そんな晩秋の11月。我らが茅ヶ崎ブラックキャップスに、ついに茅ヶ崎市以外からの入団希望者が現れる。しかも東京のリトル出身者である。一人目は前のチームで野球を続けるか迷っていた時に、ブラックキャップスの噂を聞きつけて入団してきたハジメ。僕らと同じ2年生。

上背があって身体能力も高くプレーも俊敏。ピッチャーもやっていたらしく、早速投球練習をしてみると、すごいボールを投げてみんなを驚かせた。これでユウギ、ガク、テッペイに続く主戦級のピッチャーとして期待ができるだけでなく、内野手としてのセンスもケンタロウとショートを争えるほどで、リクトやオノマらレギュラー陣にも刺激になるだろう。

そして、もう一人。年が明けた2月には横浜の超名門シニアから、1年生のコウが入団した。このコウは去年、横浜DeNAベイスターズのジュニアチームに選抜されている。つまり、裾野にいたカイブツたちと同じ、同世代のトップクラスの実力を持ったエリートに他ならない。

この年、ブラックキャップスは1年生を獲っていなかったので、唯一の1年生になるのだが、コウの実力は先輩風を吹かす気にもならないほどズバ抜けていた。バッティングをすれば練習場のライトのネットをポンポンと超えていくし、本職のキャッチャーも去年まで小学生だとは思えないほどの鉄砲肩で、これまで試合ではほぼフリーパスだったスチールをバンバンと刺してしまう。すごい。これまでいろんな選手たちがやっても決まらなかった正捕手が、あっという間に埋まってしまった。

ハジメとコウ。そんな実力者たちが入団してくれたおかげで、ブラックキャップスは強いチームになるための、最後のピースがはまったように思えた。

だけど、なんだろう。みんな、心のどこかにモヤモヤとしたものが残っているのだ。実力者たちが入団してポジションが確定した分だけ、レギュラーからあぶれる人たちがいる。それもまた、チームが強くなるために、僕らが乗り越えなければいけない現実だった。

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作家・ライター
村瀬秀信

1975年神奈川県茅ケ崎市出身、旅と野球と飲食のライター。著書に「止めたバットでツーベース 村瀬秀信野球短編集」(双葉社)「4522敗の記憶~ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」シリーズ(講談社)など。文春野球の初代コミッショナーであり株式会社OfficeTi+の代表。
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