本連載第9回目で登場いただくのは、株式会社笑下村塾(しょうかそんじゅく)代表取締役である相川美菜子さん。お笑い芸人が講師となり、楽しくわかりやすく社会課題を学ぶことのできる授業を、企業や学校に届けています。若者の政治離れが叫ばれるいま、あえて政治にこだわって活動を続ける理由とは。お笑い×政治の化学反応で起こすアクションが「SDGs 2.0」たる所以を、大畑さんがナビゲートしていきます。
2016年に18歳選挙権が付与されて早7年。参議院議員通常選挙において、2016年の18〜19歳投票率は46.78%と約半数が投票していたにもかかわらず、2022年には35.43%と約10%も下がる結果に(※ 1)。
「政治は無関心でいられるが、無関係ではいられない」という言葉がありますが、若者がこれほどまでに政治に無関心な理由とはどこにあるのでしょうか。どこかとっつきにくくて難しいから、「知りたい」よりも「面倒臭い」が勝ってしまい、自分ごとにしづらい背景があるのかもしれません。
相川さん率いる「笑下村塾」では、年間一万人以上の学生や会社員に向け、政治やSDGsを身近に感じられるよう、お笑い芸人が講師をつとめる授業を行っています。選挙に行くのがゴールではなく、社会課題を自分ごとにし行動してほしいという相川さん。自身の体験が活動に繋がっているからこそ、彼女のことばには確かな説得力がありました。
若者と政治の距離感
大畑:相川さんはもともと政治活動に興味があったんですか?
相川:中学生時代に東南アジアに旅行したとき、発展途上国の貧困問題を目の当たりにして衝撃を受けたんです。これってどう解決するのかと調べてみたら、ODAをはじめ政治が関わっていると知って興味を持ちはじめたのがきっかけですね。
大畑:なるほど。社会問題が入口だったんですね。
相川:はい。でもその支援の仕組みについては、なかなか本筋が見えなかったというか。例えば、私たちの払う消費税が、途上国に使われているということまで調べられたのですが、それがどういう額でどういう使われ方をしているかという情報にはたどり着けなくて。もっと消費者にわかりやすく伝わればいいのにと、漠然と考えていました。
大畑:純粋な「知りたい」という欲求を、解決できないもどかしさみたいな。
相川:それで大学に入ったときに、首相官邸の広報室で公式ホームページの改善プロジェクトに参画させていただきました。政府関連のページってわかりにくくて、「これって、中学生のときに感じたもどかしさと同じだ」と、奮闘しました。そこからですね、政治や社会問題を発信することに価値を見出して、キャリアとしてスタートしたという感じです。
大畑:そのプロジェクトでは、若者と政治間における課題が見えてきそうですよね。実際、若者にアプローチできるところとできないところってどんなことがありましたか。
相川:うまく伝わっていないということが一番の課題でした。政治家がどれだけいい政策を生んでも、テレビをつければスキャンダルや増税のニュースなどのネガティブな印象で上書きされてしまう。それが若者の政治離れをより促す結果につながると気がついて。しかも大前提として、政治ってなにやら難しくてとっつきにくい。これをビジネスで解決できないかなと思うようになりました。
大学1年生のときの首相官邸のHP改善プロジェクトに参加していたときの相川さん
18歳選挙権をきっかけに副業が本業へ
大畑:ビジネスとして考えたときに、なぜお笑いだったのか。そのあたりもお聞きしたいです。
相川:メンタル的にやられていたタイミングで、友達に誘われてお笑いライブに行ったんです。そこでは無条件で笑えて、すごく救われました。出待ちをして話した芸人さんはみんな、人を笑わせるということにすごい使命感を感じていて。職業としてすごいと思ったし、そういう人たちと仕事をしたいと思ったんです。お笑い芸人さんと一緒に授業をすることで、一見すると難しい話も楽しく伝わって、政治に興味を持ってもらえるかもしれないと。
大畑:笑下村塾の共同代表・たかまつななさんとの出会いも理由のひとつなのでしょうか。
笑下村塾のメンバー。政治、SDGsとさまざまな社会問題に取り組んでいる
相川:そうですね。彼女とは大学時代に知り合ったのですが、彼女はそのころからすでにお笑い芸人をやりながら社会問題を伝えるということをやっていて。自分がやりたいと思っていたこととマッチしたというのが、会社としてやっていく最大のきっかけになったかと思います。
大畑:でも、卒業後は一旦リクルートに入社されたんですよね。そこから「笑下村塾」一本になった理由というのは。
相川:リクルート時代は、政治に関する活動はやっていなかったんです。仕事としてやりがいもあるし、このままどこまで頑張ろうか悩んでいました。
そんななか、2016年にたかまつが「笑下村塾」を立ち上げて、副業として関わりながらも組織はどんどん大きくなっていく。それに、自分の発信によって人の行動が変わっていくということを感じられて、自分が本当にやりたいことに気がついたんです。
大畑:副業がだんだんシフトしていったという。組織がどんどん大きくなったとおっしゃっていましたが、どんな風に成長していったんですか。
相川:立ち上げ当初は、出張授業で学校に行くということを専門にやっている会社でした。
18歳選挙権がスタートした2016年って、高校3年生が急に選挙に行くとなっても、学校の先生が政治について中立的な立場で教えたり、「選挙に行こう」と校内でいえるような環境になかったり、そもそもカリキュラムにもなかった時代。そこで、たかまつが周りの芸人さんを巻き込んで学校に授業をしに行くということをはじめたんです。
大畑:確かに、当時の高校生3年生にとっては急なことでしたよね。まだ誰もやっていない領域だったから、会社が成長したんですか。
相川:いいえ。学校って教育の予算がないから利益率が低いので伸び悩みました。そこでSDGsの授業もはじめたことで、企業研修が増えてきたんです。売上単価がいい仕事を増やしていけたのが、成長につながったかなと。
大畑:授業の内容って、実際にどんな感じなんですか? 芸人さんは、どういう立場で、どういう役割で参加されているんでしょう。
相川:芸人さんは、SDGsや政治の専門家ではないので、こちらで教材や台本を作って、投影資料も用意しています。授業のときは、司会の芸人さんと聞き手の芸人さんをお呼びして。司会が台本に沿って話した内容に、聞き手がツッコミを入れたり、ボケたりするスタイルで進行しています。
大畑:司会の人が授業のポイントを伝えながら、それだけだと小難しくなるので、聞き手が面白おかしくボケるというコミュニケーションなんですね。「笑い」というクッションがひとつ入るだけで親近感が湧くし、若者も共感しやすくなりますね。
たかまつさんとともに制作したSDGsのカードゲーム
若者がアクションするには付加価値が必要
大畑:これまで政治やSDGsの授業を行ってきて、「社会課題を自分ごと化し、アクションに繋げた人」っていましたか?
相川:釣りが趣味の人が「釣りにいったときに海ごみを拾うようになりました」とか、「子どもがフードロスを気にして嫌いなものも食べるようになりました」とか。一番多いのは「選挙に行きました」という報告ですね。
大畑:2022年には、第17回マニフェスト大賞優秀賞(※2) を受賞したとか。それについてもお聞きしたいです。
相川:昨年、参院選に先駆けて、群馬県ですべての高校を対象に政治の授業を行なったんです。全国の18歳 の投票率は約35%だったのですが、群馬県は約43%。前回の選挙と比べて、全国平均が4%上がっているところを、群馬は8%上がって。そういった取り組みなどが評価されました。
大畑:へー! すごいですね。10代の政治やSDGsへの意識って、実際の授業を通してどんな印象を受けましたか?
相川:それでいうと、私たちより中高生の方が圧倒的に関心があると思います。というのも今の学生って教科書にSDGsのことが載っているので、認知度でいうと97%とかなんですよね。学生に聞くと、大人よりも意識や知識がある。最近だと同年代の人事の友達が、「御社はどんなSDGsに取り組まれていますか?」と面接で質問をされて困っているといっていました。
大畑:そのシーン、めちゃめちゃ想像できます。戦後って大手企業に入ったら給料も上がってポジションも上がって、終身雇用と信じていた時代だったけど、いまの若者はそうではないから、なんのために自分は生きているんだろうと思っている。
でも、社会起業とかソーシャルグッドへの取り組みや挑戦に対しては、お友達とか大人たちとか周りのヒトたちが「いいね」といってくれるんです。だから若者はそういう風に働く意味を社会性に求めはじめている。そういう背景があるのに、企業側が挑戦する状況を提供できていない問題が顕著になってきていますよね。
相川:わかります。令和の若者たちは、自己成長だけじゃなくて、ソーシャルグッド的な付加価値を気にするようになってきた傾向がありますよね。
SDGsのコメンテーターとしてテレビ出演も
世の中にツッコミをいれよう!
大畑:「笑下村塾」として、次はどんな展開をしていくんですか。
相川:アンケートや満足度を見て、オフラインで行う授業の効果を実感したので、群馬の事例を次は全国に広げていきたいなと思っています。そうすれば全国の投票率も上がるし、選挙をきっかけに政治とか社会問題に関心を持つ人も増えていくはず。投票にいくということは、KPIではあるけどKGIではないんです。まずは選挙に行ってみて、そこから世の中の仕組みを知ったりビジネスを立ち上げたりと、ステップアップしていってほしい。
大畑:相川さんの考えるゴールは、社会課題を自分ごと化した上でアクションをすることだと。そのために、具体的に考えている施策はあるんですか。
相川:直近では、市区町村レベルで政治の授業ができるように動いています。大畑さん、リバースメンター(※3) ってご存知ですか?
大畑:知らないです。
相川:メンターのリバース、いわば立場が逆の人がメンターになるっていう。県知事本人や、政策に対して高校生がアドバイスするみたいな。単純に「投票に行こう」ではなくて、議論をして意見を反映させていくという事例とかも実現できたらいいなと思って取り組んでいこうと思っています。
大畑:では最後に、これから社会課題解決に向けて挑戦しようと考えている人に向けてメッセージをお願いします。
相川:ツッコんでみましょう! っていうことですかね。テレビでやっているニュースを単に鵜呑みにするだけじゃなくて、自分の意見でツッコミを入れてみるということ。自分の考えを理解するヒントになるので、どう感じたかを口に出したり、テキストにしてみたりっていうことをしてほしいです。
大畑:受動的なものを主観的なものにするためのキーアクションということですよね。これはまさに、日本全国・総芸人化計画!
撮影:吉岡教雄 執筆:山下あい
※1:第15回~第26回「参議院議員通常選挙年齢別投票率調」(総務省)
※2:第17回マニフェスト大賞 ローカル・マニフェスト大賞<市民・団体の部>
※3:リバースメンター/一般に若手と先輩が立場を逆転し(=リバース)、若手がメンターとして、メンティーである先輩に助言を行う教育支援制度。笑下村塾では、群馬県内の高校生10名程度を知事のリバースメンターとして任命している(群馬高校生リバースメンター)
大畑慎治のSDGs2.0 POINT of VIEW
ツッコんで自分ごと化! お笑いに秘めた可能性
今回のPointは「ツッコミが、政治やSDGsをエンタメ化・自分ごと化させる」ということ。若者が関心の少ない「政治」に関しては、芸人さんがツッこむことで、その内容がエンタメ化されてみんなが興味を持つものになるし、国連が定めてどこか他人事な「SDGs」に関しても、自分の言葉でツッコミを入れることで、その内容が自分の考えや意見として昇華されていく。
ソーシャルグッドに対するお笑いの大きな可能性を感じたインタビューとなりました。笑下村塾の相川さん、ありがとうございました。
相川美菜子┃あいかわ・みなこ
1993年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を首席で卒業。大学時代に内閣官房で首相官邸のwebサイトをわかりやすく改善するプロジェクトに参加したことをきっかけに、政治や社会問題を伝えることに関心を持ち、若者の政治に対する声を伝えるメディア「政治美人」を個人プロジェクトとして開始。その活動の一環で、大学の同級生だったたかまつななと出会う。新卒では株式会社リクルート住まいカンパニーにて雑誌編集やウェブサイト企画を経験。笑下村塾代表就任後、2019年6月のリクルート退職までの10ヶ月間は”副業社長”として働く。現在は経営およびSDGs発信のための教材作りやメディア出演に従事。
URL:笑下村塾
YouTube:たかまつななチャンネル
Instagram:@minakoaikawa
note:相川美菜子