登山家の言葉で「そこに山があるから」と言う名言がある。とても格好いい言葉だが、僕のようなヤツには山の頂上を指差して「そこにマツタケがあるかも!」の方が、山に登る理由が明快で俄然登る気満々になる。田舎ではフワッとしたロマンより、もっこり生えたマツタケのリアル感の方が、多くの人たちに喜びと、山に挑む勇気をあたえてくれる。
「拝みたいの〜、拝みたいの〜」と、呪文のようにつぶやき登っていく直太朗さん(前編に登場)。その背中を追いながら、そこらじゅうからマツタケオーラが出ているような錯覚。探せども探せども見つからぬマツタケに気持ちは昂るばかり。そんな折に名人が「この範囲にあるで! 見つけられたら採ってええよー」と、神様のようなチャンスをくれた。予期せぬ“マツタケ大学入山テスト”! いよいよ大詰め! マツタケ採り極秘ツアー(後編)はじまりまーす!
あの山のどこかが、
マツタケワンダーランド!
マツタケ山、ノボレ!
当日の朝。道の駅で落ち合い、軽トラ2台で移動。旧国道から少し入った道脇に軽トラを停め「マツタケは、あの山の向こうの方やー」といざ出発。ちなみに、車を停めた場所は我が家から車で3分。正直「こんなにウチから近いのか!」と驚いてしまった。
今回のメンツは直太朗さんと奥様の幸代さん(仮名)、そして自信満々ビギナーの僕の計3人。幸代さんは直太朗さんが認めるほどの名人で、落ち葉に少し手を置いただけで、マツタケを感じてしまう“探知機級ゴッドハンド”の持ち主でもある。
民家の脇を抜け、谷へと降りていき、ほとんど水のない川を渡り、いよいよ入山。直太朗さんが手頃な木を拾いナタで枝を落とし、杖を作ってくれた。植林されたヒノキや杉の木の中をゆっくりゆっくり登っていく。何度か立ち止まり上を見上げては登っていく。
けもの道のようなルートをしばらく登ると、2人は荷物をおろし、それぞれポケットやリュックから飴とみかんを取り出して、木の根元にお供えした。僕もならって持っていたみかんを置き、どうかマツタケが見つかりますように! と、手を合わせる。
「誰かに教わった訳やないんやけど、無事戻って来られるように、いつもここで山にお供え物するんよ」と幸代さんが教えてくれた。俗っぽい願掛けをしたけど、山に対する自然な敬意を感じられたことで、イベント気分だったマツタケ採りが、急に神聖なことのように思えてきた。
その辺りから岩肌は剥き出しで、斜面もかなり急になり、人工林はほとんどなくなってきた。そこで、無事を祈る気持ちがよくわかった。登ってきたルートを上から見下ろしても、もはや来た道は僕にはわからない。
そんな山中にも関わらず、山の斜面に有刺鉄線が張られている場所があった。不思議に思い直太朗さんに聞くと「そっちは“止め山”(入山禁止)やー! もう誰も来とらんけど、入ったらあかんでー! かまわんけど~」と教えてくれた。どうやら、マツタケがたくさん採れる山などは、他人が勝手に山に入らないように持ち主が入山禁止にしているらしい。こんな山奥まで杭を打って有刺鉄線を張るくらいなのだから、さぞかしマツタケが採れたのだろう。マツタケ御殿が建ったのが目に浮かぶ。
マツタケ山の朝は神々しい
サビた有刺鉄線、夢の跡
ゴットハンドが手をかざし、マツタケ様が返事する
山はいろんなキノコが盛りだくさん!(※毒キノコ含む)
一気に山の峰まで登り、尾根を登り下りしながら進んでいく。途中で先頭を歩く直太朗さんが「ここらはよく見ろやー」と、ぶっきらぼうに叫ぶ。それを聞いただけで見つかりそうな予感ビンビン。クワガタ採りなんか比べ物にならないワクワク感。見つかってもいないのに興奮状態(僕だけ)で探していると、ちっちゃい手が群がったようなキノコを見つけた。
「直太朗さん! これなんすかー!」「おお! こらぁ、“ネズミノテ”や! うまいでー!」と言われ、むしり採ってビニール袋に入れた。少し歩いたところで、また“ネズミノテ”らしきキノコをみつけて「直太朗さん! ネズミノテまたありましたー!」と叫ぶ。ガサガサと直太朗さんが戻って来て、僕の手にあるキノコをしばらく凝視。
「ネズミノテ……みたいやけどのぉ……」「食べられますか?」「しらん! 捨てとけー。もどきはこわいでー」と、ぶっきらぼうに言った。
どうやら直太朗さんは、キノコにはあまり詳しくないようだ。そしてまた「行くでー!」と、ぶっきらぼうに叫ぶ。この「探す、進む、探す」を数回繰り返し「ここらでメシしろらぁ!」と、ちょっと早めの昼メシとなった。
握り飯を食べながら、直太朗さんが、ニセマツタケの話をしてくれた。マツタケよりも早いシーズンに生える早松茸(サマツタケ)は、見た目や食感はマツタケそっくりだが、マツタケのような香りがないらしい。ただし裏技として、サマツタケを使って炊き込みご飯やお吸い物を作るときに、マツタケ味のふりかけや、お吸い物の素をいれると、もはや本物のマツタケと見分けがつかないとのこと。
いつか東京から友達が来たら「マツタケ食い放題!」と言って、サマツタケを使ったマツタケ味ご飯を大盤振る舞いして、贅沢気分を味わってもらいたい。本物ではないけど。そんなことを妄想していると「行くでー!」と、ぶっきらぼうな後半戦のゴングが鳴った。
マツタケ極意。“採った痕跡、残すべからず”
「拝みたいの~、拝みたいの~」と、“拝み呪文 ”を唱えつづける直太朗さんを尻目に、幸代さん(以下、師匠)のポテンシャルがいよいよ発揮されはじめた。
それまで、直太朗さんの後ろを静かに歩いていたのだが、離脱してモードが切り替わったようだ。僕もすかさず、ゆらゆら歩く直太朗さんから離脱し、師匠について行くことに決めた。
素人の僕が言うのもなんだが、師匠の動きからは達人の雰囲気が漂っている。この人といれば、マツタケ様に出会えそうな気がしてならないのだ。「なんかすげー」、そう思った矢先に、師匠が落ち葉に手をのせ最小の動きでササッと払う。
そして一言「あったでー」と、静かに言った。
「マジっすか!」と叫び、手元を覗き込んだが、どれがマツタケなのかよくわからない。てっきりマツタケはグンと立っているのかと思っていたら、ほんの少し頭の先っちょが地面から出ているだけなのだ。
初めましてのマツタケ様を掘り出してみる。なんとも言えぬ、いい香り。雰囲気も存在感も他のキノコ達とは比べものにならない。みんながこぞって山を目指す気持ちもよくわかる。初めての遭遇で、自分がマツタケ採りにどハマりし始めているのを実感した。
それと同時に、あの状態のマツタケを初心者が見つけれるかよ! と、一瞬不安になったが、アドレナリン全開モードで、いても立ってもいられないで捜索を再開。するとすぐに師匠が「あるでー、この辺にあるから自分で探してごらん。見つけたら自分のもんやぁ~」と、神様のようなチャンスをくれた。
2畳くらいの範囲を、枯れ葉をガサガサとして、なんとか発見。「ありましたー!」と、褒めてもらいたい弟子のように叫ぶと、師匠は口元で指をたて「シィー、大きな声出したらあかん。掘った場所も元あったように戻しときー。マツタケ採りは痕跡を残したらあかんよ」と、マツタケ採りの極意を教えてくれた。
その後も「そっちの斜面を向こうまで、ゆっくり探してごらん」と指示されて、言われた通りに進んでいくと、今度は自分でマツタケを発見することができた。「1つあったら、その周りも探すんよ」と言われた通り探してみると、さらに数本見つかり興奮状態はマックス。お宝が足元にたくさん埋まっているような妄想が大暴走した。
生涯マツタケ宣言、もう病みつきです!
もはや気持ちはアゲアゲ状態。斜面下の崖に「生え場の雰囲気全開ポイント」(素人の予感)が見えて、大量のマツタケが並び生えているイメージが止まらない。頑張れば行けそうだと思った瞬間「そっちはあかんでー」と、静かな師匠の声が聞こえてきた。
師匠の方をみると、もう一度「そっちは崖やから、行ったらあかんでー」と、優しくたしなめるように声が届く。その声に我にかえり崖を眺める。行こうとしていた場所は無理すれば行けなくはないが、落ちたら死んでもおかしくない崖。いつもの自分なら絶対に近寄ろうとしないはず。マツタケの魔力にすっかりのぼせてしまい、気がつかないうちに恐怖心が麻痺してしまっていたようだ。
他にも、ちょっと離れた場所を1人で探していて、そんなに遠くに行ったつもりじゃないのに、気がついたら来た道も方向さえも分からなくなり、大きな声で叫んで、やっとみんなの場所に戻れたりと、マツタケには人を夢中にさせ、正常な判断力を奪う程の恐ろしい魅力があることを体感。
実際にマツタケ採りで山に入り、戻ってこなくなった人の話や天に召された人の話もよく聞いていた。“あぶなかった”と思いつつ、採ったマツタケを持って師匠の元に行くと「ようけ採れたやん」と、笑ってくれた。
来た道を少し戻り、ひと休憩しながらそれぞれ採ったマツタケを出しあった。お礼に何本か分けようと思った僕は、師匠がサラッと出した数本のマツタケに、思わずまた叫んでしまった。
「でけー!」
初マツタケ採りでエキサイト状態の僕の様子に目を配りながらも、自身は何もなかったかのように巨大なマツタケ様をしっかりとゲット。さすが師匠。着いて行って本当によかった。
そして、みながそれぞれにマツタケ様を拝むことができ「今年は拝めたのー、よかったのー」と、満足げに直太朗さんがタバコの煙を吐き、優しく微笑んだ。
ウデのよい漁師になった気分で家に帰り、自分で採ったマツタケの収穫を報告。家に来たマツタケ様に、妻のきみよは色めき立ってマツタケ様を嗅ぎ倒す。帰ってきた子ども達に「マツタケ様じゃー!」と嗅がせるも「へんなにお~い」と、眉をひそめたのはここだけの話。マツタケいっぱい、夢いっぱい! 来年がすでに楽しみだー!
師匠が採ったマツタケ様の存在感