腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“ 奇妙な時計”が生まれている。それこそが「変態的腕時計=ビザールウォッチ」。高級時計を知りすぎた人がたどり着く末路へようこそ!
時間というのは、ただ何となく流れている現象であった。しかし全てが停止し、新しい生活様式を求められるようになると、時間との関わり方も変わってくる。そんなニューノーマル時代にピッタリの優雅なビザールウォッチがある。
今という瞬間は泣いているのか、笑っているのか?
公共交通機関やコンピューター、工作機械などのシステムは、全て正確な時間によって制御されている。つまり時間というのは現代社会のルールなのだ。それゆえ正確無比でなければいけないのだが、実は時間というのは、非常に曖昧なものでもある。
そもそも時間は、太陽の動きから生まれた。太陽が最も高く上がる南中時から次の南中時までを1日とし、その時間を24等分して1時間とした。ところが基準となる太陽の動き(つまりは地球の自転)の速度は、一年を通じて常に変動しており、1日がぴったり24時間になる日は、実は1年で4回しかない。1日は伸び縮みしているのだ。しかし基準が変ってしまうのは、システム運営上よくないため、現在は自転速度の平均値を1日の基準としており、セシウム原子の共鳴振動数を用いて正確な一秒の長さを導き出す「原子時計」という高価な機械を使って、時間を厳密に管理されている。
曖昧な時間は他にもある。それが感情に左右される時間だ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうけど、退屈な会議はいつまでたっても終わらない……という感覚は、誰もが感じたことがあるだろう。空が白み始める朝焼けの時間は清々しい気分があるし、徐々に暮れ行く夕方はちょっと切ない気分になる。刻々と流れていく時間は、あいまいな感情を持っているのだ。
流れる時を顔で語る
こういった“時の感情”を表現するのが、時計ブランド「コンスタンチン・チャイキン」。時計業界ではかなり異色である“メイド イン ロシア”の時計ブランドで、オリジナルムーブメントを使用して時計を作っているのは、ロシアでは同社のみだという。創業者で時計師のコンスタンチン・チャイキンは、実力派の独立時計師(企業に属さず仕事をする職人)のみが入会できるAHCIに所属しており、時計愛好家からも一目置かれる存在である。
彼が作る時計は、とにかく独創性にあふれている。代表作「ジョーカー」は、時間と分を2枚のディスクを使って表現する。それ自体は珍しくはないが、ディスクをドーム型にして、そこに黒いドットを入れると、不思議なことに“目”に見えてくる。さらに6時位置には月の満ち欠けを示すムーンフェイズ表示が入るのだが、月と縁取りを赤くすると、こちらは“口と舌”に見えてくる。時分表示+ムーンフェイズというシンプルな機構を、感情を持った不思議な時計にしているのだ。
例えば1時50分はちょっとおどけたな表情を浮かべ、3時43分なら笑顔に。しかし8時20分の猟奇的で奇天烈な表情は、もはや時計を見ること自体を止めたくなるほどだ。さらにムーンフェイズ表示の月(舌)の位置によっても表情は変化する。シンプルに時間を示しているだけなのに、様々な感情を揺さぶって来るのだ。
アカデミー賞にもノミネートされた2019年の映画「ジョーカー」では、笑いと悲しみ、狂気と平穏、正義と悪はいつだって紙一重であると描かれた。笑いと悲しみ、狂気と平穏、正義と悪はいつだって紙一重である。だからこそ人間には感情に支配され、そしてその感情によって、時間は伸び縮みしながら揺れ動くのだ。
刻々と流れる時間は誰にでも平等であり、誰もが24時間という時間の枠組みの中で生きている。しかしその奥底にある“時の感情”は、人それぞれである。あなたにとって今という一瞬は、笑っているだろうか? それとも、泣いているのだろうか?