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ビザールウォッチがおもしろすぎる!

そこにあるのは喜びか、それとも悲しみか。

author: 篠田 哲生date: 2021/04/27

腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“ 奇妙な時計”が生まれている。それこそが「変態的腕時計=ビザールウォッチ」。高級時計を知りすぎた人がたどり着く末路へようこそ!

時間というのは、ただ何となく流れている現象であった。しかし全てが停止し、新しい生活様式を求められるようになると、時間との関わり方も変わってくる。そんなニューノーマル時代にピッタリの優雅なビザールウォッチがある。

今という瞬間は泣いているのか、笑っているのか?

8時20分は、どこを見ているのか不安にさせる猟奇的な表情になる。大きく開いた口には、赤い舌が見えており、恐怖心を抱かせる。表情に目が行くので、時間が頭に入ってこない

公共交通機関やコンピューター、工作機械などのシステムは、全て正確な時間によって制御されている。つまり時間というのは現代社会のルールなのだ。それゆえ正確無比でなければいけないのだが、実は時間というのは、非常に曖昧なものでもある。

そもそも時間は、太陽の動きから生まれた。太陽が最も高く上がる南中時から次の南中時までを1日とし、その時間を24等分して1時間とした。ところが基準となる太陽の動き(つまりは地球の自転)の速度は、一年を通じて常に変動しており、1日がぴったり24時間になる日は、実は1年で4回しかない。1日は伸び縮みしているのだ。しかし基準が変ってしまうのは、システム運営上よくないため、現在は自転速度の平均値を1日の基準としており、セシウム原子の共鳴振動数を用いて正確な一秒の長さを導き出す「原子時計」という高価な機械を使って、時間を厳密に管理されている。

曖昧な時間は他にもある。それが感情に左右される時間だ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうけど、退屈な会議はいつまでたっても終わらない……という感覚は、誰もが感じたことがあるだろう。空が白み始める朝焼けの時間は清々しい気分があるし、徐々に暮れ行く夕方はちょっと切ない気分になる。刻々と流れていく時間は、あいまいな感情を持っているのだ。

流れる時を顔で語る

KONSTANTIN CHAYKIN ジョーカー 価格:396万円(税込) 自動巻き、SSケース、ケース径42㎜。世界限定99本。㉄アンドロス ☎03-6450-7068

こういった“時の感情”を表現するのが、時計ブランド「コンスタンチン・チャイキン」。時計業界ではかなり異色である“メイド イン ロシア”の時計ブランドで、オリジナルムーブメントを使用して時計を作っているのは、ロシアでは同社のみだという。創業者で時計師のコンスタンチン・チャイキンは、実力派の独立時計師(企業に属さず仕事をする職人)のみが入会できるAHCIに所属しており、時計愛好家からも一目置かれる存在である。

右側ディスクが分表示で、左側ディスクが時表示。左右にリューズを配置することで、耳とする。ムーンフェイズ表示には歯のような彫り込みも入っており、芸が細かい。ダイヤル表面にはクル・ド・パリなどのギヨシェ彫りが施されており、時計装飾は正統派。

彼が作る時計は、とにかく独創性にあふれている。代表作「ジョーカー」は、時間と分を2枚のディスクを使って表現する。それ自体は珍しくはないが、ディスクをドーム型にして、そこに黒いドットを入れると、不思議なことに“目”に見えてくる。さらに6時位置には月の満ち欠けを示すムーンフェイズ表示が入るのだが、月と縁取りを赤くすると、こちらは“口と舌”に見えてくる。時分表示+ムーンフェイズというシンプルな機構を、感情を持った不思議な時計にしているのだ。

例えば1時50分はちょっとおどけたな表情を浮かべ、3時43分なら笑顔に。しかし8時20分の猟奇的で奇天烈な表情は、もはや時計を見ること自体を止めたくなるほどだ。さらにムーンフェイズ表示の月(舌)の位置によっても表情は変化する。シンプルに時間を示しているだけなのに、様々な感情を揺さぶって来るのだ。

特製ボックスには、時計を描いたトランプを同梱する

アカデミー賞にもノミネートされた2019年の映画「ジョーカー」では、笑いと悲しみ、狂気と平穏、正義と悪はいつだって紙一重であると描かれた。笑いと悲しみ、狂気と平穏、正義と悪はいつだって紙一重である。だからこそ人間には感情に支配され、そしてその感情によって、時間は伸び縮みしながら揺れ動くのだ。

刻々と流れる時間は誰にでも平等であり、誰もが24時間という時間の枠組みの中で生きている。しかしその奥底にある“時の感情”は、人それぞれである。あなたにとって今という一瞬は、笑っているだろうか? それとも、泣いているのだろうか?


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時計ジャーナリスト
篠田 哲生

1975年生まれ。講談社「ホットドッグ プレス」編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆。スイスやドイツでの時計工房などの取材経験も豊富。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。
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