腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“ 奇妙な時計”が生まれている。それこそが「変態的腕時計=ビザールウォッチ」。高級時計を知りすぎた人がたどり着く末路へようこそ!
もともとはポロの競技中に衝撃から守るため
ヤンキー×捨てネコ、生徒会長×ドジっ娘のように、“ギャップ”がある人は好かれるが、誠実系クズ男にように“表裏がある人間”は好かれない。しかし時計だったら話は別である。
あたり前のことだが、“時計の表の顔”というのは普段目にしている時刻表示面のことである。そして時計愛好家になると裏側にも注目し、シースルーバックから見えるムーブメントを鑑賞して、その良し悪しを語り合う。そして技術力に自信を持つブランドなら、裏側にも時計機構を組み込む場合がある。時計という小さな世界の中で可能な限り多くの機構を搭載しようとすると、表示スペースがなくなるので、逐一確認する必要がない閏年表示やパワーリザーブ表示などを裏側に移動させて表示スペースを稼ぐのだ。
この時計の“表裏”を最も上手に使っているのが、1833年に創業した老舗のスイス時計ブランド「ジャガー・ルクルト」だ。同社はスイス屈指の技巧派ブランドとして、時計愛好家からも憧れられる存在であり、いくつものマスターピースを世に送り出してきた。
中でも有名なのが1931年にデビューした「レベルソ」。この時計はポロの競技中に衝撃で風防が割れないようにするため、ケースが反転する構造になっていた。腕に着用した状態でも、机上の本をパタンとひっくり返すようにケースを反転させると裏側が現れるという2面ウォッチなのだ。
あらゆる機構を詰め込んだ4面ウォッチがついに完成!
誕生当初は裏面に家紋を彫金したり、所有者の肖像画を入れたりしていたが、技術力のさらなる進化によって、裏面にも時計機構が組み込まれ始める。表と裏とで異なる時間を表示できるので、表は日本時間、裏はパリ時間にして、旅先でパタンとひっくり返すというような、便利な旅時計としても愛されるようになるのだった。
しかしそれでも“2面”のみ。しかし「ジャガー・ルクルト」は、今年世界で初めて、“4面”の時計を完成させたという。それはどういうことなのか?
実はレベルソは時計本体と台座に分かれていて、台座の上に取り付けた時計がパタンパタンとひっくり返る仕組みだ。台座は台座でしかないのだが、ここにジャガー・ルクルトは目を付けた。まずは2006年、台座の表面に機構を組み込んだ3面ウォッチ「レベルソ・グランド・コンプリカシオン・トリプティック」を発表する。そしてその進化版となるのが、2021年に登場した4面ウォッチ「レベルソ・ハイブリス・メカニカ・キャリバー185」だ。
この時計は、時計本体の表面(第1面)に時、分、トゥールビヨン、永久カレンダーなど、時計本体の裏面(第2面)にジャンピングアワー、分、ミニッツリピーターを組み込んだ。そして台座の表面(第3面)に北半球のムーンフェイズと月の位置や年表示、そして台座の裏面(第4面)に南半球のムーンフェイズ機構を組み込んだ。この第4面が直接腕に触れる部分である。
奥深い時計の技術力を堪能できるレベルソならではのこだわり
ちなみに台座部分は極めて薄いため動力は搭載せず、毎日深夜0時になると、時計側から小さなピンが出てきて、台座のスイッチを押し、ムーンフェイズなどの表示を1日分進めるという仕組み。きわめて精密な機構でありながら、最後はアナログ的手法を使っているのも面白い。しかも11個の複雑機構を搭載していながら、縦51.2㎜、横31㎜、厚さ15.15㎜という収まりの良いサイズにまとめているのも見事。単なる技術自慢ではなく、実用的にブラッシュアップすることも、ジャガー・ルクルトのこだわりなのだ。
表面だけ見れば、端正な永久カレンダー・トゥールビヨンウォッチ(それでも凄い機構だが)で、裏面にしたらスケルトンムーブメントの技巧派ミニッツリピーターというギャップがあり、そして台座には宇宙の法則を組み込むというロマンがある。レベルソの特殊な構造だからこそ可能になった4面ウォッチは、時計技術の奥深さと自由さを堪能できる凄い時計なのである。