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身銭主義者の行き着く先

100万円オーバーの置時計を買ってみた

author: 篠田 哲生date: 2022/01/09

ウォッチディレクターを名乗り、雑誌や新聞、ウェブなどで時計記事を執筆し、さらには時計関連のトークイベントにも登壇する身としては、“たくさんの時計を見てきました”だけでは説得力に欠ける。だから気になる時計は、なるべく購入してきた。ドレスウォッチもスポーツウォッチもアンティークウォッチも購入し、数百万円の時計だって何本も手にしてきた。しかしさすがに、こいつを購入するには勇気が必要だった。それがジャガー・ルクルトの傑作置時計「アトモス」である。

置時計界のスーパースター「アトモス」

ジャガー・ルクルト「アトモス・トランスパラント」。サファイアクリスタルのキャビネットの中で、ゆっくりと時を刻む置時計だ。123万2000円/ジャガー・ルクルト0120-79-1833

まずはこの時計の解説をしなければなるまい。ジャガー・ルクルトはスイス屈指の名門で、創業は1833年。小さなビスまで内製するこのマニュファクチュールでは、反転ケースの「レベルソ」やドレスウォッチの「マスター」など、多くの傑作腕時計を作ってきた、時計愛好家が好む時計ブランドである。

そんなジャガー・ルクルトが1928年から製作し続けているのが、置時計「アトモス」。エンジニアのジャン・レオン・ルターによって発明されたこの置時計は、温度変化によって収縮するガスをカプセルに密封し、カプセルの伸び縮みによって動力ゼンマイを巻き上げる機構。1度の温度変化だけでも2日間分のゼンマイを巻き上げ、動き続けることから、”半永久機関“とされている。

時計愛好家の誰もが知っており、憧れており、しかし実際に購入した人は極めて少ないというこの傑作をなぜ買ったのか? それは欲しいから。それ以外に理由はない。

時計表示の後側にあるカプセルが伸縮し、鎖を引っ張って動力ゼンマイを巻き上げる。ちなみに時刻修正は、分針を指で回すのだ。

ジュネーブでの出合いから3年目で購入

「アトモス・トランスパラント」との出合いは2019年のジュネーブだった。新作時計の展示会「S.I.H.H.」の取材中に、ブース内に飾られていた置時計を見て、「これなら我が家に似合う!」と直感したのだ。というのもアトモスは歴史あるコレクションのため、重厚な社長室が似合うようなレトロなデザインが多く、RC造の自宅には似合わない。そのため食指が伸びなかったのだ。

その点、このモデルは完璧。サファイアクリスタルガラスのキャビネットの中で、浮かぶように時計がセットされている。そのソリッドなデザインに、完全に心を捕えられてしまった。

欲しい! そう思ってはいたが、さすがに置時計を買うというのはかなり酔狂なこと。なんとなくタイミングを見計らっていたのだが、拙書「教養としての腕時計選び」が翻訳されて海外で発売されることが決まったという嬉しいニュースもあったので、一つの節目として2021年に購入を決めたのだった。

時計のサイズは、高さ25×幅18.5×奥行き14.5㎝。かなり大きいので置き場所に悩む。ソファサイドもいい雰囲気だ
窓辺に置くのも悪くない。ソリッドな空間に馴染む時計だ

時計文化の面白さを更に深く知る

11月末に受け取ったばかりなので、まだ完全に自分のモノにしたとは言えないが、ゆっくりと時を刻むアトモスの姿はやっぱり美しい。繊細でアナログな機構ゆえに、夏と冬では時計の進み方が違うらしいが、それもまた愛おしい。それに周囲の時計関係者に「アトモス買ったよ」と伝えると、例外なく喜んでもらえるのも嬉しいところ。高価な時計はたくさんあるが、アトモスは買うという行為自体が特別なのだ。

これでジャガー・ルクルトは3つめ。ドレッシーな「レベルソ」と、スポーティな「マスター・コンプレッサー・エクストリーム」。そして「アトモス・トランスパラント」。かなりマニアックな陣容となった

私がウォッチディレクターという仕事を通じて伝えてきたのは、時間という概念が人類史に与えた影響や目に見えない概念を機械化するための天才たちの奮闘、そしてそこから醸成された文化の深みである。腕時計はもちろんだが、こうやってアトモスを手に入れたことで、さらに時計や機械の面白さをより深く感じ取ることができた。来年はいよいよフリーランスになって20周年。そのキャリアにふさわしい買い物ではないだろうか。

写真/江藤義典

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時計ジャーナリスト
篠田 哲生

1975年生まれ。講談社「ホットドッグ プレス」編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆。スイスやドイツでの時計工房などの取材経験も豊富。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。
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