その昔は“寝ていない自慢”がなされるほど、モーレツであることが美徳された昭和時代。経済が低迷し価値変換が余儀なくされた平成、そして風の時代となる令和がやってきて、睡眠に対する価値観も確実に変わった。なにしろ“睡眠負債”という言葉が2017年の新語・流行語大賞にノミネートまでされたほど、眠りへの関心が高まっている。つまり睡眠をマネージメントできない人は、この時代にそぐわないといっても過言ではない。
大人だからこそ睡眠環境を見直すべし
そんな社会的な状況もあり、腰痛持ちの筆者も人生の3分の1をつき合う寝具をここらで見直してみようと思い至った。ベッドのマットレスは6年ほど前に変えた。シーリー社のもので、いくつものマットレスを実際に寝て試し、かなり吟味したので納得して購入。硬めで腰にもよく気に入っている。寿命は10年と言われるが、頻繁にマットレスローテーションをしているので、ヘタりもほぼない。
で、次に見直すべきは枕だろう。実は今まで、いくつも試してきた。低反発ウレタンからそば殻、マイクロビーズに羽毛、中綿やパイプと手に入りやすい素材は、ほぼ試している。どれも一長一短があり、正直なところ自分にとってよいのか悪いのかよくわからない。まあ、眠れてはいるので、きっと大丈夫だろうと思っていたわけ。
熟睡するための“オーダー枕”という解決法
そんなとき、「枕をオーダーしてみませんか?」とのお誘い。以前も別のブランドで座った状態で首周りの計測してもらったことがあったが、イマイチ食指が伸びずに購入までには至らず。今度は横になった状態で、さらに今使っているマットレスとの相性を鑑みながらベストな枕の提案をしてくれるという。
期待に胸を膨らませ、いざ日本橋の「MuAtsu Sleep Lab. 本店」へ。北欧風のスッキリとしたデザインのショールームには整然とベッドが並び、それぞれ硬さなどが違う。奥には本格的な寝室の設えがあり、よりリアルに寝る環境を体験できる。
まずはカウンセリングシートに記入し、生活習慣や睡眠環境についてヒアリングが行われる。次は、普段使っているマットレスの硬さに似たベッドに横になった状態での計測。読者諸賢が行かれる際には、事前に今使ってるマットレスのメーカーと型番を調べておいてほしい。何年くらい使っているかもわかるとさらによいのだそう。
横になった状態で横顔を撮影し、首のシェイプや顔の角度を計測していく。歯科矯正や睡眠時無呼吸症候群の診断に用いられる頭部X線写真の”セファログラム”をヒントに開発されたシステムが、中央分類の頸椎パーツをロータイプ、ハイタイプの各6種類の計12種類の中から自分に最適なものを選んでくれる。ちなみに筆者はロータイプの中でも最も傾斜がなだらかなものであった。これ、日本人に多いのだそう。
そして、センターに頸椎パーツを配し、両サイドには好みの硬さのパーツを加えて枕は完成。サイドパーツは硬さの違いで、素材が異なる。たしかに横向きに寝ると、弾力がまるで違う。筆者は柔らかい枕が好みなので、フワフワする最も柔らかいものをチョイス。
睡眠のエキスパートのアドバイスに目からウロコ
ラッキーなことになかなか予約が取れない同社の西川ユカコさんから直々にお話しを伺うこともできた。昭和西川の創業家に生まれ、雑誌の編集者を経て家業を継いだそう。そして最近、この「MuAtsu Sleep Lab.」にて生活習慣や睡眠環境のアドバイスなどを行っている。
特に日本を代表する寝具であるムアツが医療現場で床ずれを防ぐために開発された経緯が興味深かった。あまりにムアツに魅了されたため、次にマットレスを買い替えるときはムアツにしようと心に誓った。しかし、せっかくなら枕と揃えたくなり、その場で今のマットレスの上に乗せるムアツのベッドパッドを衝動買いしてしまった。
先頃、彼女が上梓した『最強の睡眠』(SB Creative刊)は非常に興味深い内容。最初はまあ、いわゆるハウツー本と思ったが(←失礼!)、読み進めていくと豊富なデータや最新研究の引用、そして著者の体験に裏打ちされたエピソードはまるで自分事のように共感を得られた。
たとえば、「35歳から急激に睡眠の質が下がる」とか「週末の寝だめが時差ボケを引き起こす」なんていうのは「わかるわかる」とうなずきながら読んだし、「90分間の睡眠サイクルはアテにならない」とか「うたた寝から起きてはいけない」など今まで疑いもしなかった睡眠のまことしやかなウワサが、実は怪しかったりと目からウロコの情報でいっぱい。
眠りの質が悪いと免疫細胞の力も弱まるという指摘があり、このパンデミックの時代にこそ必要な情報だろう。そもそも人となるべく接することなく出歩かないのが罹患の最たる予防法であるなら、家での睡眠を向上させるのは最善の策なのかもしれない。
一日35円で、究極の安眠が手に入る
カウンセリングの当日に、オーダー枕を持って帰ることができるのもこちらの特徴。早速、自宅で試すと当たり前だが頭にピタリとフィットする。ずっと腰をかばうために胎児のポーズで横向きに寝ていたのだが、この枕とムアツのパッドで支えられている安心感からか、久しくできなかった仰向けでぐっすり眠ることができた。
正直、3万8500円の枕は高級品だ。そしてウレタンを使用していることもあり、寿命も3年くらいだそう。しかし、ひと月換算にすると1000円とちょっと。1日だと、35円くらいと考えると、安眠の対価としてはむしろお得なのではないか? 適当な寝具で睡眠負債を積み重ねて体と心とが破綻するのか、それとも適切な投資をして生活の質を上げるのか、大人の選択が今、問われている。
東京都中央区日本橋浜町1-4-15
電話番号|03-3861-4115
※スリープスタイリストによるコンサルティングサービス
30、45、60分の3コースがあり、すべて無料
※西川ユカコ 個人コンサルティング
30分 1万6500円、60分 2万2000円
取材協力:MuAtsu Sleep Lab. 本店