厚生労働省もお墨付きの健康法、散歩。誰でも気軽にできる行為だからこそ、人の数だけ流儀がある。
そんな散歩に“ガチ”で取り組む存在が、動画クリエイターのななすけさんだ。2023年にスタートしたYouTubeチャンネル『ななすけの散歩録』では、東京のあらゆる都市や、そこにある暗渠(地下に埋め立てられた水路)を紹介。カジュアルな格好で好奇心のままに歩き、並外れたデータやトリビアを淡々と披露する動画は、散歩好きから歴史愛好家にまで人気だ。
今回ななすけさんと訪れたのは、中央・総武線「中野」「高円寺」の近くにある暗渠・桃園川緑道。生粋の“伊能忠敬界隈”ならではの視点で散歩の極意を語ってもらった。併せて、音楽好きでもあるななすけさんによるお散歩プレイリストも公開。散歩のお供にどうぞ。

ななすけ
東京都出身。2023年にYouTubeチャンネル『ななすけの散歩録』をスタートし、散歩の奥深さや街の歴史を発信。企画立案、出演、ナレーション、動画内のアニメーションの他、公式グッズも制作するなど、マルチな才能にも注目が集まっている。「歴史ではなく、視聴者の思い出を軸に散歩しようという企画も準備中です」。
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「荷物は基本的に持たない」。散歩のマイルールと“想定外”への出会い方
――ななすけさんが散歩YouTuberを始めたきっかけはなんですか?
私が前の仕事を辞めたタイミングで、友人が突然「散歩のYouTubeをやろうよ」と誘ってくれたんです。正直、最初はなにそれ? って思ったんですけど、散歩しながら構想を考えたら徐々にイメージが湧いてきて。それから今に至る形ですね。
――そもそも散歩を好きになったきっかけはあるのでしょうか?
幼い頃からの習慣ですね。私がぐずった時に外に連れて歩いたら、すぐ機嫌が直ったと母親から聞きました。性格的にじっとしているのが苦手なのも、散歩が好きな理由かもしれません(笑)。
――そんな散歩が今ではライフワークまでになりました。マイルールはありますか?
歩きやすい靴を履くこと! 足が痛かったら、いい散歩はできませんから。最近は、ナイキの「エアフォース1」とニューバランスのスニーカーをよく選んでいます。

――基本的な持ち物はなんですか?
身軽でいることを鉄則にしています。ただ、季節によって必要なものも出てくるので、荷物は快適に歩けることを優先しながら厳選していて。春なら花粉症対策で、目薬だったりですね。あとは『東京23区凸凹地図』という本も欠かせません。『散歩録』でもご一緒させていただいた、東京スリバチ学会会長の皆川典久さんが監修で参画された一冊です。散歩中に気になった場所をすぐに確認ができるから重宝しますね。
――散歩の魅力はなんですか?
想定外のことが起こること。例えばいつもは静かな街に突然若者の集団が現れることがあって。気になって着いていくと面白そうなイベントがあったりするんです。同じ街を歩いていても、晴れている日と曇りの日、すれ違う人たちもすべて、同じ情景には絶対にならないですね。特に高円寺はユニークな方が多いから、想像を掻き立てられるような出会いがあります。

――他にどのような想定外の出来事がありますか?
ネットでしか見たことがなかった超大型犬のグレート・デーンが歩いてきたり、見たことのないくらい小さなチワワが歩いてきたり! いつもどんな犬とすれ違うかなと期待してます。
――YouTubeの動画でもよくチワワのアニメーションが登場しますし、犬好きの視点ですね。
私の想定外って道ゆく犬へに関することが強いかもしれません(笑)。散歩っていつもの道を一本変えただけでも新しい風景に出会えるんですよ。気になるお店に寄って珈琲を飲んでみたらすごく美味しかったとか。そんな想定外の繰り返しが散歩の楽しさですね。

――散歩はすればするほど、可能性が広がりますね。
一度歩いたからこの一帯は終わり、にはならないです。無限大といえますね。
「打ち合わせは散歩中」。頭が柔らかくなる歩き方

――今回はななすけさんが一番訪れているという桃園川緑道を散歩しました。
実は『散歩録』を始めるきっかけの散歩も、この緑道を歩いている時だったんです。
――ななすけさんにとって切っても切り離せない場所ですね。
そうですね。定期的に訪れたくなる、私の軸となる場所です。YouTubeのことを考える時、ずっと家に篭って調べものをしていると、何がいいクリエイティブなのかわからなくなってしまって。感覚を取り戻すために、散歩に出かけます。面白い看板を見つけたり、暗渠を歩いて橋の跡を見つけたり。そのうちに、あの街もこんな風に見せたら面白くなりそうって、ヒントを得ています。

――ヒントやアイデアを得るための散歩でもあると。
実は『散歩録』の打ち合わせも、室内でやったことがほとんどなくて。散歩の楽しさを伝えるためのチャンネルなので、座って話すだけだと内容が広がらないですから。ひとつの街の散歩録を作るのに、いろんな街を散歩して生まれたアイデアで制作をしています。
――『散歩録』で紹介された街は、土地の成り立ちを知ることで印象がガラリと変わりますね。
東京の街は凹凸が多いので、地形を意識して歩く楽しさは伝えようとしています。例えばまっすぐ歩いている時、向こう側が低くなっていると、緑道や暗渠に出くわしたりしやすい。そんな風に地形の特徴を頭に入れておくと、どの街でも応用ができて、楽しむ切り口が増えるのでより散歩が楽しくなります。

――道の特質を覚えたら、楽しむ幅がどんどん広がりますね。
これは私が『散歩録』で得た能力なのですが、「谷が入っているから低いところか」などと地名から目的地を推測できるようになって。散歩中に地図を見ることはほとんどないですね。街にある情報がヒントです。もちろん急がないといけない時は、スマホで道のりの確認をしますよ(笑)。
――気になったモノへの興味の向け方がとても深いですよね。
気になったことはとことん調べないと気が済まない性格なんです。それを自覚したのは食事の時。絶対に“調べながら食べ”をすることに気づいたんです。例えば、カレーライスがいつ日本に入ってきて、どうやって広まったのかを知りながら食べると、より一層美味しい気がする(笑)。お菓子も原材料を見ながら食べますね。
――気になると突き詰めるんですね。
それを散歩でもやっていて、なんでこの道だけ低くなっているんだろうとか。なんでここだけ古い建物が残っているんだろうとか。調べてみるとそこだけ戦争で焼けなかった一角だったりするんですよね。
――他に散歩中、注目する場所を教えてください。
電柱に旧町名が残っていることがたまにあるんです。戦後の都市開発の影響で、東京には旧町名の名残があまりなくて。でも電柱には残っていることがあるんですよ。
――電柱がその土地の歴史を物語っているんですね。
例えば、上野には「下谷万年町」というエリアがあったんです。今でいう東上野4丁目と北上野1丁目のあたりなんですけど、その辺の電柱にはまだ“万年”と記されているんですよ。
――電柱一つでそこまでの情報が分かるのですね。一番見つけてワクワクするものはなんですか?
やはり暗渠ですね。街中にいるときより一番精神を救われる感じがします。暗渠らしきサインを察知したあとに、答え合わせのように橋の跡とか車止め(自動車の進入や走行を制御する設備。暗渠の入り口にもよく設置されている)を見つけたら、テンションが上がります。心が満たされる感覚。

――好きな暗渠はどこですか?
桃園川緑道ですね。中でも、阿佐ヶ谷エリアが好きです。区画整理があまりされていないから、細い暗渠が住宅街を縫うように複雑に枝分かれして、すごく面白い。中野方面に向かって歩くと、大きな公園から始まり、おとなしい緑道から枝分かれしたあと、すごく綺麗に整備された道になり、最後は川に合流する入り口が見える。まるで、Aメロ、Bメロ、サビ、転調がある曲みたいなんです。
「散歩で脳内をいい状態にして、健康を維持したい」。身体が喜ぶ歩き方

――健康面で、散歩してよかったことはありますか?
脚力が鍛えられること。もはや無限に歩けると思います(笑)。カメラを回してなくても、時間があれば、最寄りの駅よりも3駅手前で降りて歩きますね。ただ、散歩は運動の意識よりも、心のためが9割、体のためが1割のイメージ。心が健康だと、体の調子もよくなると思うので、散歩で体を動かして脳内をいい状態にして健康を維持したいです。
――散歩は運動の中でも唯一無二だと思いました。精神を豊かにして知識も備わるので、運動だけでない効能が確実にありますよね。
そうだと思います。文化的でもアウトドア的でもあり面白い趣味ですよね。散歩の目的は人それぞれで、暗渠に興味がなくても全然いい。建築だったり草木だったり瞑想だったり、ただ歩くだけが好きでも成りたちます。自分なりの楽しみ方を見つけることがいくらでもできる。極論、散歩に理由はいらないと思います。

――好きな散歩の時間帯はありますか?
夜の散歩が好きで、夏や秋は夜にひたすら歩いています。一度歩いたことのある場所でも、日中と夜では街並みも人も雰囲気が変わるので、新たな気づきがあって楽しいです。訪れる時間帯によって、全然違う街が見られるのも散歩の楽しさかな。
――いつかYouTubeでも夜散歩バージョンを見てみたいです。
夜の街の良さは確かにあるので、それも面白そうですよね。夜の暗渠のちょっとおどろおどろしい感じとか、動画でも伝えたいです。
――あと、ななすけさんの動画で印象的な、シャドーボクシングについても聞いていいでしょうか?
実は、昔プロを目指して小学校から高校まで格闘技をやってました(笑)。いろんなところを痛めちゃって結局辞めてしまって。今でも格闘技は好きですよ!
――視聴者にとってはYouTubeの1回目の動画から気になっていたと思うので驚きです!
最初は、なんとなく暗渠でシャドーボクシングをしてみただけでしたが、意外と好評で逆に驚いてます(笑)。
――格闘技を始めたきっかけは?
父親が格闘技好きだったのでその影響です。私がすごくパパっ子で、当時パパがやるなら私もやりたい! って始めたのがきっかけでした。父親は亡くなってしまいましたが、今となっては、ある意味動画のシャドーボクシングは、レクイエムのような存在。今まで培ってきたものを、YouTubeで発揮できていることは嬉しいです。

「音楽と一緒ならどんどん歩ける」。散歩が楽しくなるプレイリスト
――今回お散歩プレイリストも教えて頂いたのですが、ディープな選曲に驚きました。
私が普段聴いている曲を集めました。音楽はどんなジャンルでも聴くタイプなので、つかみどころのないプレイリストになっています(笑)。音楽はメロディが心にスッと入ってくる曲が、特に好きです。
――新しい音楽はどのようにして探していますか?
ご飯を食べに行った時に、友達がよく聴く音楽教えてもらったり、お店の中で流れている音楽が気になったら「これなんて曲ですか?」とすぐ確認します。自分が好きな音楽だけを聴いていても偏ってしまうので、私は外で流れている音や、人が聴いている曲で新しい音楽に出合うようにしていますね

――今回のプレイリストは、どんな場面で聴いて欲しいですか?
今日は昭和歌謡の日だなって思う時もあるし、MUTE BEATのような歌詞のない曲が聴きたい気分の時もあると思うんです。晴れの日っぽい曲もあれば、雨に似合う曲もある。その日の気分にあった曲を見つけて、聴いてもらえたら嬉しいです。

――日常の中でいつ、どんな音楽を聴きますか?
悲しい時は、感傷的な雰囲気の曲、テンションが高い時はヒップホップかな。その時の気分に寄り添ってくれるような音楽を聴いてます。散歩中は、いろんなプレイリストを流して、いいなと思った曲を見つけたりしてます。
――散歩と音楽、すごく相性がいいですよね。
散歩しながら音楽を聴いていると、いつもの道でもミュージックビデオの中のような、まったく違った雰囲気になるのが好きです。歩くだけだと退屈に感じる人でも、音楽を聴きながらだとたくさん歩けたりもするかも。
「大事なのは、外に出て、空気に触れること」。今日の風に触れる尊さ
――今後、歩きたい場所はありますか?
あまり行ったことがないので、地方を訪れたいです。東京とはまた違った地形や、街の成り立ちを楽しめるかなと。それと、たくさんの川が暗渠化されてしまった都市部と比べると、地方は現役で使われている水路が多いはず。東京にはない散歩の体験をしてみたいです。

――暗渠は、都会ならではなのですね。
都市開発など、川が暗渠化する理由のひとつに水質の悪化があって、宅地化が進む中で排水で汚れた水路を埋めることが多いんです。そういえば、『千と千尋の神隠し』に登場するハクも、マンションができる時に埋め立てられた川だったじゃないですか。なので、暗渠ってことですね。
――そんなところにも暗渠が!
久しぶりに映画を観てそう感じました。暗渠にも確かに神様がいる気がします。人は水と一緒に生きてきたので、そのような視点で歩いてみるのも、面白いかもしれないですね。

――散歩をしながら注目する箇所、改めてたくさんありますね。
街に対して、「あそこはなんもないよ」とかよく言うじゃないですか。私は、絶対にどんな場所でも何かはあると思っていて、何もない街ってないんです。

――最後に、読者へコメントをお願いいたします。
中島みゆきの「時代」じゃないですけど、今日の風に吹かれるっていうのがすごく大事だと思います。“伊能忠敬界隈”だから、絶対に50km歩く! とか意識しなくてもいいと私は思っていて。家の周りを一周でもいいし。「外に出て、空気に触れる」。これが一番大事なんじゃないかなって思います。その瞬間でしか得られない発見を楽しんでみてください。
