表舞台で活躍するあの人に、墓場まで持っていくほどじゃない失敗談を聞いてみよう。誰もがちょっとした失敗をしていると分かれば、心の中のモヤモヤも少しは晴れてくれるはず。
今回、失敗談を教えてくれたのは、シンガーソングライターの汐れいらさん。路上ライブ中に泣いたら勘違いをされてしまった、今でも忘れられないエピソードとは?
汐れいら(うしおれいら)
2002年2月9日生まれ。東京都江戸川区出身シンガーソングライター。あがり症を克服するため高校の軽音部に所属するも、コピーするより、自分で作った方が楽しいと気づき、16歳のころから作詞 / 作曲を始める。芸術大学の文芸学科への進学経験から、自身の言葉選びは音楽に乗せる方が余白を活かせることができ自分に合っていると感じ、音楽、1本で生きていくことを決意。澄んでいて、強く響く声。何度も聴きたくなる、中毒性のあるメロディー。生々しくも、ドラマチックな歌詞によって紡がれるストーリーは人それぞれの感動を生み、衝動を残していく。
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路上ライブで泣いたら、警察官が悪者扱いされちゃった
デビューした2021年ごろは、週1のペースで路上ライブをしていました。よく歌っていたのは、新宿と下北沢と錦糸町。ひらけた場所だし、ライブをしている人をよく見かけるから、「この3か所がいいよね」ってマネージャーさんと決めました。
路上ライブは、デビュー前からやってみたかったんです。元々目立つことは好きじゃないけど、路上で歌っている人を見ると「いいな」って。
でもそれは憧れの眼差しかと言われると、そうではなくて。「私だって歌えるのに」みたいな一種の対抗心というか(笑)。あがり症だけど、人前で歌っている人をなんとなく意識していました。
事務所に所属をして、念願の路上ライブをさせてもらえることになって。初めて歌ったのが錦糸町の駅前にある広場でした。近くを警察官が巡回しているんですけど、誰かから苦情が来るとライブを止めなきゃいけないらしくて。路上ライブを始めて2~3か月経ったぐらいかな、1曲目を歌っている途中に警察官に止められました。
そしたら知らないおじさんがやってきて、警察官を説得しようとしてくれたんです。「この子はここで歌うことに価値があるんだよ」って、怒りながら。それでもどうにもならなくて、結局撤収することになってしまったんですけど。
楽器を片付けながら泣いていたら、マネージャーさんに「止められたのがそんなにショックだったの?」って心配されて。周りで見ている人の反応も「あの子、警察官に怒られてかわいそう」みたいな感じでした。
でも私、怒られて泣いていたんじゃなくて、おじさんの言葉に感動して泣いていたんです(笑)。「人のためにこんなに怒ってくれる人がいるんだ」って。だから悪者扱いされている警察官の人には、めちゃくちゃ申し訳なかったです。心の中で「ごめんなさい」ってずっと謝っていました。
私以上に価値を見出してくれたのが、ただ嬉しかった
私、路上ライブは自分のためにやってたんです。誰かに見せるためとかじゃなくて、ただ歌が好きで「歌ってみたい」って。誰かが聴いてくれたら嬉しいけど、聴いてくれなくてもあんまり傷付かないというか……。そもそも人の反応に期待していませんでした。
だから「価値がある」って言われて、嬉しかったんです。私自身は、路上で歌うことに価値があると思っていなかったけれど、そこに価値を見出してくれたような気がして。
それに「あなたにとってそれが大切なんだね」って、あんまり言わないじゃないですか。私は人に言えないし、言われたこともあんまりないし……。上から目線じゃないニュアンスも含めて、胸に迫るものがありました。
今はもう、路上ライブはしていません。場数はそれなりに踏んだし、人前で歌うことに慣れたから、次はライブハウスで頑張ろうって。
Photo by Sotaro Goto
正直、路上ライブよりライブハウスの方が緊張します。路上ライブだと見たい人だけが見てくれるから気楽だけど、ライブハウスでのイベントだと他のアーティストを見に来る人もいるから、「強制的に聴かせてしまったら嫌だな」って。それに元々あがり症だから「間違えたらどうしよう」って常に不安です。最近、やっと緊張しなくなってきたような……。
でも、ライブハウスに立つようになって、いい意味で歌へのスタンスが変わりました。路上ライブをしていたころは、自分が好きなように歌って、そこにお客さんがいてくれたら嬉しい、みたいな感じだったけど、今は私に会うためにライブに来てくれた人に、嬉しさをお返ししたいなって。
Photo by Sotaro Goto
正直、あの日のおじさんの言葉で考え方が大きく変わったとか、歌への向き合い方が変わったとか、そんなことはないんです。でも、言葉そのものは今でも鮮明に覚えていて。私、大体のことは忘れちゃうぐらい、忘れっぽいんですけど(笑)。それぐらい、自分にとって大きな出来事だったのかなと思います。警察官の人はとばっちりだったかもしれないし、変なタイミングで泣いてしまって「失敗したな」と思ったけど、忘れられない思い出です。
Text&Edit:しばた れいな