自動車業界に精通したオート・アドバイザーの若林敬一が、クルマ業界のキーマンと対談する連載企画。今回は8つのラグジュアリーブランドを関西・名古屋で展開する正規ディーラー、八光カーグループの事業家である八光エルアール代表取締役・池田 浩八さんが登場。2023年、大阪にオープンした「ESC(エスク)ガレージ&クラブ」のコンセプト、そしてこれからの自動車ディーラーとして目指す未来についてインタビューしてみた。
なぜ自動車ディーラーが「会員制ガレージ」を?
若林 八光エルアールといえば、2023年に「完全会員制の世界初のガレージ&クラブ」として大阪にオープンした「ESCガレージ&クラブ」が話題です。運営元である八光エルアールは、自動車ディーラーとしてどのような歴史があるのでしょう。
八光エルアール株式会社 代表取締役・池田 浩八さん
池田 八光カーグループは、兄が経営する八光自動車工業と自分が経営する八光エルアールとで構成されていますが、もともとは戦後に私の祖父が倉庫業として始めた会社です。当時、紙パルプの流通を担っており、それに使うトラックの整備から自動車部門が立ち上がりました。父の代になると一般の普通乗用車の整備が拡充し、月に車検を何十台も行っていることが新聞に載ったりもしたほどだったそうです。
ちょうどその頃、日本にベンツなどの輸入車が入ってくるようになりましたが、当時はディーラーになれなかったため、ドイツに会社を作ってベンツやBMWを並行輸入するところからスタートしました。その後、正規ディーラーとしてフィアット、アルファロメオ、ランドローバーなど、徐々にブランドを拡充。現在はアストンマーティン、ジャガー、ランドローバーなど8つのブランドを展開しています。
「ランドローバーなにわ」のショールームにて
若林 そんな八光カーグループが大切にしている理念とはどのようなことでしょうか。
池田 八光カーグループ全体として、車の販売と整備だけをしていればいいとは考えていません。せっかく個性的な車を買っていただくのだから、それを存分に楽しんでもらえるように我々にできることはやっていきたい、というのがあります。実際、これまでもサーキットイベントや食やアートのイベントなども積極的に行ってきました。そういう体験を通じて、人とは違うライフスタイルを提案する。それが八光カーグループの理念です。
若林 人々に体験を提供するというのが、脈々と続いてきた企業カルチャーになっているのですね。
池田 我々が手がけるホテルビジネスもコンセプトは同じです。阪急阪神グループ様から譲り受けた六甲山ホテルを2019年に「六甲山サイレンスリゾート」としてリブランディング。単にホテル事業に進出ということではなく、車好きな人たちがドライブで出かける目的地をつくるというのが原点です。
1995年に八光自動車工業と八光エルアールの2社に分社したことで、さらにそれぞれの方向性が明確になってきました。僕が率いる八光エルアールのミッションは、社会やお客様に対して人生に彩りを与えるようなカーライフを提案することです。その延長線上で、「ESCガレージ&クラブ」という場が生まれました。
驚きが詰まった「ESCガレージ&クラブ」
ガレージの大きさは様々。こちらは一番広大な2階建ての区画で内装をフルリファーム
若林 今回初めてこの「ESCガレージ&クラブ」を訪れましたが、会員制ガレージというのは非常に興味深いですね。
池田 私たちのお客さまは会社や病院を経営されている方がほとんどです。そういう方々が日常で背負っているものを解き放ち、よりクリエイティブに新しい事業について考え、事業展開を発想できるような場を、と考えてつくった場所です。
若林 「ESCガレージ&クラブ」のコンセプトとは、具体的にどのようなものですか。
入居されている方のガレージ使用例。バイク用のアパレルを手掛ける会社のショールーム兼作業スペースとして使われている
池田 コンセプトは「デイリーエスケープ」です。海や山などのリゾートにわざわざ行かなくても、都会の中で日常的にリラックスできる場所であるということ。その中に「ガレージ機能」と「メンバーシップ機能」という2つの役割を持たせました。
ガレージは全17区画、オフィスとして利用できるスペースは全7区画用意
池田 「ガレージ機能」というのは、わかりやすくいうと私たちのクルマを乗ってくださっているお客さまやクルマ好きな方が気軽に集まれる「サードプレイス」的な場所という意味です。「自分のガレージ=サードプレイスを持とう」ということですね。
もうひとつの「メンバーシップ機能」は、ラウンジやリラクゼーション空間のサウナなど、会員とそのゲストの方々が利用できる特別な空間「ESCクラブ」です。
会員が利用できるサウナには、水風呂、外気浴スペースも完備
若林 会員しか入れないラウンジにはお酒がたくさん並んでいて、リラックスした雰囲気を醸し出していますね。
世界的なデザイナー、トム・ディクソンが内装をディレクションした会員専用のラウンジスペース
池田 社会でバリバリやるのをオンとすれば、ホッと一息つけるオフの場も必要です。クリエイティブなことを考えたり、アイデアを交換できたりする。そんなコミュニティ的なの存在となっています。
若林 ラウンジには盆栽なども飾ってありますが、インテリアにはどのようなこだわりがあるのでしょう。
池田 ラウンジとサウナはイギリスのデザイナー、トム・ディクソンのデザインですが、アートもポイントです。盆栽もそうですし、車のパーツと石膏を組み合わせた作品、ブレーキキャリパーと石を組み合わせた作品なども展示しています。
ESCを立ち上げるとき、こういう場所があったらいいんじゃないかと私自身が思うところからスタートしたのですが、それがどれくらいの人に受け入れられるかはやってみないと正直なところわかりませんでした。
一方、アーティストというのは、そういう「ゼロイチ」の勝負ばかりをしている人たちなんですよね。そう考えると、アートと経営というのは、判断の連続という部分で共通点が非常に多い。アーティストと話をしているだけで多くの刺激をもらったり、答え合わせをしているような気持ちになります。
若林 慣れ親しんだディーラービジネスに留まることなく、そこから先のまったく新しいチャレンジを選ぶことに魅力を感じるということなのでしょうね。
池田 自分自身の性格もあると思いますが、みんながやっていることはもうやらなくてもいいだろう、と。特に私たちのお客さまは、世界中のいいものに囲まれている人たちなので、みんながやっていることは面白みを感じられません。そういうお客さまにとって、初めての経験を提供して驚かせたり、面白いと感じてもらいたい、という気持ちは強くありますね。
若林 確かにそういう驚きが、この「ESCガレージ&クラブ」には詰まっていますよね。
地域コミュニティとつながるパブリックエリア
池田 いわゆる「ラグジュアリー」で埋め尽くされているのは、やり尽くされていると思います。それよりも台湾のホテル「W台北」のようなラグジュアリーとデザイン性を兼ね備えているユニークな場が新しい。ロビーの横にプールバーやレストランがあって、宿泊客と地元の人が一緒に交流ができたりするのが新鮮で魅力的ですよね。
つまるところ、ラグジュアリーな「ハード」よりも「ソフト」が大事になってきているということ。例えばアジアの超ローカルな場所で、めちゃくちゃ洗練されたホテルが超一流のホスピタリティを提供する。そんなコントラスト、ギャップがあればあるほど面白いと思います。そういう意外性のエッセンスを1階のテナントに入っている立ち飲み屋やバーバーなどのパブリックエリアで演出したいと思っています。
神⼾発のネオクラシックな理髪店MERICAN BARBERSHOPがプロデュースする「CARWASH BARBER」
大阪・新町で人気を集めた居酒屋「二甲料理店」が、移転して立ち上げた新業態「二甲立食店」
若林 先ほど驚いたのですが、会員ラウンジに行こうと思ったら、テナントのバーバーを通らなくてはいけないんですよね。そんな導線も、非常にユニークだな、と。
池田 表はタバコ屋でも、裏に隠れて酒場がある。そんなアメリカの禁酒法時代の「スピークイージー」をコンセプトにしています。“表と違うものがその奥にある”という仕掛けが面白いですよね。
教育産業で若い世代の選択肢を増やす
若林 新しいチャレンジに貪欲な八光エルアールとして、今後のビジネスをどのように展開していきたいのかについても、ぜひお伺いしたいです。
池田 私たちのお客さまとなるハイエンドの方々が必要とする複合サービスを提供していきたいと思っています。そのひとつが自動車であり、「ESCガレージ&クラブ」であり、これからやろうとする新しい事業です。
若林 新しい事業というと、具体的にはどんなことを始める予定ですか。
池田 世界最高峰のインターナショナルスクール「North London Collegiate School Kobe」を2025年9月に開校します。日本のアイデンティティを学びつつ、グローバルな考え方や表現力も習得することで、インターナショナルで戦える人材を育成したいと思っています。
我々のお客さまの子弟はもちろんですが、奨学金システムなども導入して、幅広く対象を広げていきたいですね。そして、それが子どもたちの選択肢を広げる機会にしていきたいと思っています。
バーバーと立ち飲み屋。パブリックエリアを盛り上げる二人の敏腕プロデューサー
「ESCガレージ&クラブ」のある阿波座は、大阪の中心部から少し西に行った隠れ家的なエリア。「ここを面白い場所にしていこう」と池田さんが白羽の矢を立てたのが、株式会社日仏商会の社長である結野多久也さん。理美容品の卸売事業や理容店の経営を行っている会社の三代目です。
「結野さんとは知り合いの紹介で出会って、そのときに “スピークイージー”というコンセプトを叩き込まれたんです。それがすごく印象に残っていて、ESCをはじめるときに彼に相談を持ちかけました」(池田さん)
「CARWASH BARBER」をプロデュースした結野多久也さん(手前)と、運営している久保順さん(奥)
結野さんはニューヨークで流行っていたスピークイージスタイルのバーバー(洗練されたバーバーの奥に扉があり、開けるとバーラウンジがひろがる店舗)を日本に持ち込んだ第一人者。
「池田さんが僕に声をかけたということは、単なるハイエンドに寄せた店舗ではなく、カルチャーを感じるお店を作りたいんだろうなと思って、デザインや内装を考えました。発想の元になったのは、アメリカにあるでっかい洗車屋です。店舗の運営は、奈良でクラシックなバーバーを運営している久保さんにお願いしています」(結野さん)
「二甲立食店」をプロデュースした前田貴紀さん
一方、隣接するレストラン「二甲立食店」のオーナー前田貴紀さんも、結野さんのつながりで本プロジェクトに参加したひとり。もともとは新町で人気の居酒屋「二甲料理店」を営んでいましたが、オープン3年目となる2023年4月に突如閉店。場所を阿波座に変え、同年10月にリニューアルオープンしました。
「前の店舗もそうでしたが、繁華街でお店をやるのは好きじゃありません。それよりも、街を活性化させる、いわゆる“メイク・シティ”に興味があります。ですので、ここ阿波座を池田さん、結野さんと一緒に盛り上げるのは、単純に面白そうだなと思い参加しました。二人ともチャレンジ精神にあふれているので、これからが楽しみですね」(前田さん)
バーバーとレストラン、いずれもラグジュアリーなガレージ施設とは相見えないイメージがありますが、そのギャップを活かして見事なコントラストを生み出しています。
「2人とも、また会いたくなるような妙なクセのある人達でした」と対談を終えた若林さん。
「結野さんは、とてもフレンドリーなキャラクターで、周囲の人をあっという間に引き込む不思議な魅力を持った方。また、前田さんも見た目と中身のギャップを自然に醸し出して皆から“タカちゃん”と親しまれる違った魅力を持つ方でした。
こういった人たちが活躍できる場をも提供しているESCガレージ&クラブの魅力は、とても記事では伝えきれないものがあります。今後も池田さんと八光エルアールに注目していきたいです」(若林さん)