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ウェルネス

ロングトレイルを歩いて辿り着いた心の深奥

「歩くこと」は即ち「己を知ること」に帰す

author: Beyond magazine 編集部date: 2023/10/30

手元にはロングトレイルを舞台に2018年に刊行された一冊の本がある。ロバート・ムーアによる『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』は、2017年に全米アウトドアブック賞を受賞した話題の本で、ここには「道を歩くことは世界を理解することだ」と書いてある。

ここでふと疑問に思う──。歩くことはそんなに壮大なことなのだろうかと。

私が趣味としているトレイルランニングは、しばしば一種の“旅”に例えられる。それはまた“心(精神)の旅”とも言え、100マイル(160km)レースで味わうその独自の旅感覚はある種中毒性があるように思う。僕はその中毒性にハマってしまった一人。では、歩くことでもこの本が示すような壮大な世界が味わえるのだろうか。

舞台は「奥多摩むかし道」

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2023年9 月下旬の早朝の奥多摩駅。春の日差しが気持ち良かった5月に訪れて以来、久方ぶりに東京の“端っこ”にやってきた。その時は奥秩父主脈縦走と称した約70kmのコースを辿りこの地にやってきたわけだが、今回は「奥多摩むかし道」と呼ばれる旧道(約10km)のコースを歩いてみて、『トレイルズ』が示すように「歩いて世界を理解する」ということを体感してみようと思う。

本書では、人間が作り出した道以外に、昆虫や動物などさまざまな道を歩くことで地球全体の壮大な世界を見たようだが、果たしていかに……。

なお、この「奥多摩むかし道」とは奥多摩観光協会の資料によると、道の歴史としては小河内ダムが完成する前の旧青梅街道と呼ばれていた道で、氷川から小河内に達するまでの約10kmの道のりを指すとのこと。

では先に行ってみよう。

自然と一体化してしまった廃線跡

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先ずは「奥多摩むかし道」のコース概要標識がある入口地点へ。コース全体が描かれた概要標識があるその先を少し進むと、坂道に到着。前日の雨で濡れた足元は苔むした状態となっていて、シューズのグリップを確かめながら少し斜度のある坂道をジワジワと登る。

左手には、小河内ダム建設用に資材輸送時に使用された鉄道のレールの残骸がそのまま残っていた。すでに自然と一体化しつつあるその様子に、レールが歩んできた時の流れを感じる。低い雲が所々奥多摩の山々にかかっている風景が時折木々の間から覗くのだが、普段のトレイルランニングでは風景の移り変わりも早く、時が刻む時間のリズムの違いを改めて感じる。

未踏の道のりを開拓する“最初のアリ”

石畳やガレ場、そして石仏が数体並んだエリアを抜けると、サイカチの巨樹が目印となる「槐木」に到着。ここまで奥多摩駅からまだ1kmほど。スタート時は少し肌寒かった気温ではあったが、旧道の歴史がゆっくりと時を刻み歩んできたように、自身も一歩ずつ歩みを進めることでだんだんと身体が温まってきた。

むかし道の案内図を見て感じたのだが、現在の道に比べて地形に沿ったカタチでクネクネと曲がりくねっていた。

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何かを心に問いかけてみるとき、その問いかけは真っすぐな気持ちではあるのだが、答えに辿り着くまでにはクネクネと心の道なき道を彷徨うことになる。

決して単純ではないその道のりだが、やがて「アリの行列」のように一本の道筋をつくる。

アリは、目的の食物を発見するまではクネクネと歩き回り、さまざまな道を作り出す。だが、エサを見つけた“最初のアリ”は通った道にフェロモンを分泌し、次に続くアリたちは食物と巣を正しく繋ぐ道を形成し“ゴール”へといざなう。

そうやって、「目的」までの道のりは繰り返し踏み固められることで「最短距離」を導き出すのだ。

道はまっすぐではない。そう心に問いかけ足を進めるとともに、心の中でもさらに奥へと進んでみることにした。ふと目の前には落差約7mの「不動の上滝」が見えてきた。ちなみに奥多摩駅からここまで約4kmほど。トレイルランニングでは自然のなかで過ごす時間が長い分、決して日常生活では味わえない心の葛藤を味わう。

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何かを考えようとはしているのだが、森の中で感じる風の音や動物の鳴き声などを聴いていると、無心になり自然の力を身をもって感じているせいかシンプルに自分は今生きているんだなと実感する。

歩みを進めることで中和される日々の毒素

ここまで歩いてきて舗装路がメインとなった奥多摩むかし道ではあるが、やはり街道沿いには昔の名残で神社が存在するもので、奥多摩むかし道入口からほぼ中間に位置する場所に「白髭神社」があった。

社殿の北側には長さ約20m、高さ約5mにわたって露呈したオーバーハングした巨岩が鎮座していた。

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神聖な場所だけあって、他とは違う空気感が漂っている。奥多摩駅から約5kmの地点を経過。一歩一歩ゆっくりと歩いている中でスタート時よりも気分が良くなってきているのを感じる。

これはトレイルランニングでも言えることだが、距離が進むにつれ内面との対話が増える。今回の奥多摩むかし道のようなロングトレイルを歩くことでも同じだ。歩くことで心の中に道を作ってくれるのだ。その道が通り道となり、日常の業務で溜まった毒素なんかを吐き出してくれているのだと思う。

そんなことを感じつつ歩を進めると、きれいに並べられた薪と手入れが行き届いた昔ながらの蔵があった。偶然、主であるお爺さんが居合わせたことで何気ない会話が始まり、畑にある木からすだちを分けてくれることになり有り難くいただく。すだちの匂いが素晴らしく脳裏に焼き付く。

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心の道は一つではない

ここまで右に蛇行し、左に蛇行しながらとむかし道という先人たちが作った道を歩いてきたわけだが、今私たちが「道」と呼んでいるものは自分以外の誰か、あるいは何かが作った複雑な道が積み重なりあってできあがった道であり、道は常にその場所において最適化、最新化されている。

では、心の旅が作る道というものは一体どうだろうか。どこに続くのだろうか。自身が持つ“心”というその世界では自分しか存在しないわけだが、願望、欲求などの目的に向かい歩くことで心の旅が始まるわけだ。

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そこには正解もなく、右に曲がりすぎたり落っこちたり、途切れてしまったりとアクシデントは必ず起きる。だが、その目的に対して、強い思いがあれば道は広がり必ず繋がるのだと思う。心の道は一つではない。

内面にいるさまざまな自分という存在が目的に向かって歩くことで、精神が統一され心の道になる。人間が動物の心を読むことはできなくとも『トレイルズ』によると、「人間はほかの動物の心を読むことはできなくても、そのトレイルは読むことはできる(P104)」とある。

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さまざまな生き物たちが絡み合い、混ざり合い、関わり合うことで重なりできてゆくトレイルを通して道が繋がってゆき、時には道を外れながらも最適な道を作るように、心の旅でも同じようなことを実現することができるはずだ。

繋がる一本の道

「しだくら吊橋」は、深い渓谷にポツンとその存在感を示していた。眼下には荒々しくゴツゴツとした岩が作り出した惣岳渓谷が広がっており、その美しさに酔いしれながら吊橋のフワフワとした歩き心地を味わってみる。

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対岸にはさらに奥深い山道が広がっていた。歩を進めてゆくといよいよ終わりが見え、トレイル上には日中あまり日差しがないのか、あまり人が通らない場所なのかわからないが複数のキノコが生え、朽ちていた。

人は誰しもが年老いてゆくものだが、心の葛藤に老いはないと思う。『トレイルズ』にはこう書いてあった。

「年を取ることは、別な種類の解放をもたらす。若さゆえの疑念や怒り、焦燥感からの自由だ。老人は選ばなかった道のことはすべて忘れ、自分のそれまでの選択を連続した一本の道とみなすことができる。(P359)」と。

人生には選択がつきものだ。過去の自分を振り返っても、そのときに選んだ道が続いて今がある。人生の選択に間違いはない。だが、最適な道はある。

著者のロバートは『トレイルズ』の最後で「わたしたちは、もう一度、本質的な問いかけに戻ってくる。わたしたちは人生の道をどのように選ぶのか? どの道を行けばいいのか?何を目指して?(P359)」と問いかける。

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それは心の扉を開くことで教えてくれる目的が正しい方向へと導いてくれるはずだ。木々の隙間からは、むかし道のゴール地点である奥多摩湖が顔を覗かせていた。歩くことで開けた心の旅もあとわずか——。

「歩く」ことで生まれる、心の深奥との対話

「歩くこと」で見える世界がある。その先に何があるかは自分にしか分からない。その道のりは険しく、また一本の道でもない。だが、誰しもが心の扉を開く鍵は持っており、歩くことはその鍵を手にするキッカケにすぎない。

地面の感触や移り変わる風景、匂いなどの自然のなかであらゆるものを感じ取り呼吸で吐き出す、この「歩く」という行為で心の内面と対話し、今考えられる最適な道を選ぶべきだ。さぁ、次はどこに歩きにいこう。

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Text:嶋田哲也
Photo:下城英悟
Edit:山田卓立

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