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プロフェッショナルモデルからクラシックへ

“永続的な時計”を追求し続ける「ロレックス」の新たな挑戦

author: 渋谷ヤスヒトdate: 2023/06/10

3月27日から4月2日まで、ジュネーブの国際見本市会場で開催された世界最高峰&唯一無二の時計フェア「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」で、いくつもの魅力的な新作を発表したロレックス。その新作からわかる、世界No.1に君臨する時計メゾンの製品戦略、未来とは? 1995年以来、取材を続ける時計ジャーナリスト・渋谷ヤスヒトがその戦略と未来を分析する。

最も注目すべき新作は「コスモグラフ デイトナ」に非ず

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 WWG2023のロレックスブース
 ©Yasuhito Shibuya 2023

毎年、ロレックスの新作ほど、時計ファンが注目しているものはないだろう。3月27日に始まった、今や世界唯一無二の最高峰の時計フェアとなった「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023(以降:WWG 2023)」。世界中から集まった時計業界の関係者にとってもそれは同じ。

会場に入って筆者のようなジャーナリストが真っ先に向かうのもロレックスのブース。その壁に埋め込まれたウインドウから、「NEW」というタグの付いた新作をまず探すのが、29年前から時計フェアの取材を始めた初日の「習慣」になっている。

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 WWG2023の初日、3月27日にロレックスのショーウインドーを観る時計業界関係者。
©Yasuhito Shibuya 2023

そしてその日、WWG 2023で発表された新作時計で最も話題になった、ネットに情報として最も流通したのが、プラチナケース&ブレスレットでアイスブルー文字盤の「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」だ。

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誕生60周年を迎えた「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」の新作の中でも、最も注目されたのがこのプラチナケース&ブレスレットモデル。ケース径40㎜、ケース厚12.2㎜、自動巻き、新世代自動巻きクロノグラフムーブメントCal.4131を搭載。100m防水。925万3200円(税込予価・今秋発売予定)。© Rolex/Alain Costa

ロレックスといえば、まずプロフェッショナルモデル。その中でも人気No.1が、1963年に誕生し、今年60周年を迎えたクロノグラフの「コスモグラフ デイトナ」だ。そしてその中でも最も注目度が高いのがアイスブルー文字盤のプラチナモデル。

この「人気No.1コレクションの中の人気No.1モデル」がムーブメントもケースもリニューアルされた。しかもこのモデルだけ、オイスターモデル初の“トランスパレントケースバック”、つまり新型の自社製ムーブメントがケース裏から鑑賞できる仕様になり、そのうえ「ロレックス コート・ド・ジュネーブ」という独自のパターンでその新型ムーブメントが装飾されているというのだから、注目されるのは当然だ。

だが、今年はこの新「コスモグラフ デイトナ」より注目すべき新作があった。それが「パーペチュアル 1908」という、まったく新しい薄型自動巻きモデルだ。これは「あえて人と違うこと」「へそ曲がりを気取って」申し上げているわけではない。

●モデル名に込められたロレックスの「新たな野望」

「パーペチュアル 1908」には、ロレックスという時計界No.1ブランドの歴史に新たな一章を書き加える、ロレックスの「新たな野望」が込められた画期的な新作だ。筆者はそう考えている。

その野望とは「このモデルを『オイスター パーペチュアル』コレクションと同様に、薄型スタンダードウォッチ、ドレスウォッチの世界でもロレックスの時計を「唯一無二の絶対的な存在」「永続的な定番ウォッチ」にすることだろう。

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「パーペチュアル 1908」:18KYGケース、アリゲーターストラップ、ケース径39㎜、ケース厚9.5㎜。自動巻き、パワーリザーブ約66時間の新型ムーブメントCal.7140を搭載する。オイスターケースではなく、50m防水のトランスパレントケースを採用。ロレックス独自の「SUPERLATIVE CHRONOMETER」規格に基づいたムーブメントの精度は日差マイナス2秒からプラス2秒というクロノメーター規格を超える高精度。文字盤はホワイトとブラックの2種類。261万9100円。18KWGケースモデルは276万8700円(ともに税込予価・今秋発売予定)©Rolex/JVA Studios

「パーペチュアル 1908」というネーミングの中の「1908」は、「Rolex」の商標がスイスで正式に登録された年に由来している。そしてこのモデルのデザインは1931年に誕生した初の自動巻き腕時計「オイスター パーペチュアル」の初期モデルにインスピレーションを得て作られたという。

ところで1908年以降、1931 年以前のロレックスとはどんな時計だったのか? 1910年は、ロレックスの時計がスイス・ビエンヌのクロノメーター歩度検定局から腕時計で初めてクロノメーターの公式証明書を獲得した、つまり高精度時計としての歴史が始まった年でもある。そして、スポーツにも使える高い防水性を備えたオイスターケースのモデルが登場するのは1926年。だから防水ではなかった。また「パーペチュアル」が開発・搭載されたのは1931年。

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 1931年に発表された「オイスター パーペチュアル」の初代モデル

つまり1926年以前のロレックスの時計はドレスウォッチだった。高精度だが非防水で手巻き。そしてラウンド型、クッション型、レクタンギュラー型のドレスウォッチ。あるいは懐中時計だった。

時計好きの方なら、現在はディスコンになってしまったが、2005年に「ロレックス プリンス」というレクタンギュラーケースのドレスウォッチが発売されたことをご記憶かもしれない。ロレックス初のシースルーバックモデルになった2005年発表のこの「プリンス」は1928年に誕生したドレスウォッチのリバイバルモデル。

オリジナルはパルスメーター(心拍計)スケールこそ文字盤にはないが、スモールセコンドタイプで秒の読み取りが行いやすく「ドクターズウォッチ」とも呼ばれたプレミアムなドレスウォッチだった。

つまりロレックスは1926年の「オイスター」誕生以前はドレスウォッチであり、その世界ですでに名声を確立していた。だが「オイスター」誕生以降は、その防水性があまりに画期的で人々が求めていたものだったために「オイスター=ロレックス」というブランドイメージが定着し、ドレスウォッチとして成功していたという歴史と、ドレスウォッチとしてのロレックスのイメージが消えてしまったのだ。

1920年代に誕生した「チェリーニ」コレクションは、「オイスター」ケースではないドレスウォッチであり、あまり注目されない時計になってしまった。アンティーク業者の中にはこのチェリーニを「ロレックスの変わり種」と紹介しているところすらある。

「パーペチュアル 1908」はこの「失われた栄光」を取り戻すために誕生した新作だ。この時計には、「オイスター」以前にすでに確立されていた「非オイスターウォッチ=非プロフェッショナルウォッチ」、つまりドレスウォッチの分野でも再び「オイスター パーペチュアル」のような唯一無二の絶対的な存在になるという、ロレックスの「新たな野望」が込められているのである。

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トランスパレントケースからいつでも鑑賞できる新型ムーブメントの「キャリバー 7140」はロレックスの最新技術、シロキシ・ヘアスプリング、クロナジー エスケープメントとパラフレックス ショック・アブソーバを備える。©Rolex/Ulysse Frechelin

●ロレックスとは「唯一無二の絶対的な、永続的な実用時計」

また「パーペチュアル 1908」の「パーペチュアル」は単に「自動巻き」を意味しているわけではない。この言葉はロレックスという時計ブランドを語る上では不可欠の、その企業哲学、時計作り哲学が語られる際に必ず出てくるキーワードだ。

ロレックスは「パーペチュアルな時計」つまり永続的な価値がある=世代を超えて使える」時計作りを、適正な利潤を上げながら、未来に向かって続けている真面目な時計ブランドなのである。

その製品は見えないところで常に改良が重ねられ、常に進化している。だから世代を超えて使える。

実は、今風に言えば「サスティナビリティの追求」は、「パーペチュアル」という言葉に内包された、ロレックスの創業以来不変の哲学でもある。その意味では、世界はやっと1905年の創業からこの哲学の下でひたすら誠実に時計作りを続けるロレックスに追い付いたのだ。

それなのに、ロレックスの時計の定価は、決して高くはない。というか、値付けは非常に良心的で、常に価格以上の価値がある。その背景にはロレックスが、何よりも利潤を追求する営利企業ではなくて、時計製造を通じて社会貢献を追求する公益企業だという事実がある。だから、定価で購入すべきだし、定価で購入する限り、お世辞ではなくこれほど素晴らしい時計はない。

残念ながら中古ウォッチ市場で、異常過ぎる価格が横行しているので「お金持ちのバブルな時計」という誤ったイメージを抱いている人が多いのだが、ロレックスの時計は、時計愛好家のためのコレクターズアイテム、スペシャルアイテムではない。

ロレックスの公式サイトやニュースルームというプレスサイトのコンテンツを徹底的に読み込めば、ロレックスが自社製品を「購入者の人生を豊かに幸福にする実用時計」と定義していることがわかるはずだ。

そしてロレックスはプロフェッショナルモデル、つまり「オイスター」コレクションに続いて、「パーペチュアル 1908」で、ドレスウォッチの世界でもこの「永続的で世界を幸福にする時計作り」の哲学を実現しようとしている。それはまた1920年代から30年代にかけて過去に実現していた栄光を、100年の時を超えてふたたび実現することでもある。

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最先端のクラシックを象徴するのが、ドームとフルーテッドのベゼルに囲まれたサファイアクリスタルの下の文字盤だ。アラビア数字とバーインデックスを組み合わせたアワーマーカー。レイルウエイタイプのミニッツトラック。そして剣型の分針と特徴的なデザインの時針。クラシックスタイルに現代風の解釈がプラスされているのだ。©Rolex/Ulysse Frechelin

実は2022年12月1日に発表され、ヨーロッパ6カ国で始まっている「CPOロレックス=Certified Pre-Owned ROLEX=ロレックス認定中古時計」プログラムも、この「永続的で世界を幸福にする時計作り」という企業哲学の、アフターセールスサービスという方向からの取り組みなのだ。

だから、今年もっとも注目したいロレックスの新作時計は、コスモグラフ デイトナではなく、未来に向かって作られた「最先端のクラシックウォッチ(Cutting edge classic watch)」として開発・誕生した「パーペチュアル 1908」なのである。ちなみに英語の「Classic」には「古典的な」という意味に加えて「時代を超越した」「一流の」という意味がある。

そして今、世代交代が進む、つまり若返りが進む時計販売の現場では、店頭で初めてクラシックなドレスウォッチに若い新顧客が興味と関心を示しているという。ロレックスはこのトレンドも把握しているはずだ。 「パーペチュアル 1908」は、そんなトレンドに対するロレックスからの魅力的な回答でもある。


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時計&モノジャーナリスト・編集者・エッセイスト
渋谷ヤスヒト

文芸編集者、モノ情報誌&時計専門誌の編集者を経てフリーランスに。1995年から時計専門誌の編集者としてスイス2大時計フェアやスイス、ドイツ、日本国内の時計ブランドの現地取材を続ける。時計に加えてスマートウォッチ、スマートフォン、カメラ、家電、クルマ、食品、医療、自動車レースまであらゆる情報をカバーする。時計専門誌やウエブ媒体に特集記事や愛用品のエッセイも連載中。趣味は取材とコンテンツ視聴と料理。
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