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ビザールウォッチがおもしろすぎる!

混迷の時代に現れた人生を導く教訓ウォッチ

author: 篠田 哲生date: 2022/03/15

腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“奇妙な時計”が生まれている。それこそが「変態的腕時計=ビザールウォッチ」。高級時計を知りすぎた人がたどり着く末路へようこそ!

ルイ・ヴィトン「タンブール カルペ・ディエム」 手巻き、18KPGケース、ケース径46.8mm、ケース厚14.42mm。パーツ総数426個。5571万1000円(税込参考価格) ※2022年3月の参考価格。

時計界のアカデミー賞とも称される「ジュネーブ·ウォッチメイキング·グランプリ(GPHG)」に選ばれることは時計ブランドにとって最大の栄誉。その中でも全カテゴリーの中で最も優れた時計に贈られるのが「金の針賞(AIGUILLE D'OR)」だ。本グランプリでは、その他にもメンズウォッチ部門やクロノグラフ部門などがあり、さまざまな部門を設けて優れた時計を讃えている。

その中に「オーダシティ賞(AUDACITY PRIZE)」というものがある。「AUDACITY」には大胆や豪放といった意味があり、いうなればこれは“ビザールウォッチ部門”ということ。2018年には、ロシア初の独立時計師であるコンスタンチン·チャイキン氏の作品「コンスタンチン·チャイキン クラウン」が受賞。

そんな栄えある本部門の今年の受賞モデルが、ルイ·ヴィトンの「タンブール カルペ·ディエム」だ。

ルイ·ヴィトンというブランドを知らない人はいないだろうが、高級時計ブランドとしてもかなりの実力派。2002年から高級時計コレクションをスタートさせ、2014年からはスイスのジュネーブにウォッチメイキングアトリエ「ラ·ファブリク·デュ·タン ルイ·ヴィトン(以下LFTLV)」を設立して独自性の高い複雑機構を開発してきた。ルイ・ヴィトンの製品は美しい時間を過ごすためにある。それは時計も同様であり、美しい時間を表現するために、自社工房で美しい機構を作るのだ。

ところが「タンブール カルペ·ディエム」には、おどろおどろしい世界が広がっている。骸骨にはヘビが絡まり、意味深な砂時計がひとつ……。これはどういうメッセージなのだろうか?

その答えはモデル名にある。「カルペ·ディエム(Carpe diem)」とは、紀元前1世紀の古代ローマの詩人·ホラティウスの詩に登場するラテン語の語句。これは「その日を摘め」と訳されることが多く、「過ぎゆく1日1日を大切に過ごそう」という死生観を表すメッセージだ。こういった死生観は14世紀から15世紀のヨーロッパにて、骸骨をモチーフとした『死の舞踏』というアート作品へと昇華されていく。この時代のヨーロッパではペストが蔓延し、おびただしい数の死者が出た。死は誰の上にも平等に訪れ、明日のことなど分からない……。だからこそ、死を身近に感じさせるアートが生まれ、“今という時間を楽しめ”と説いたのだ。

エナメルペインティングは、スイス時計界の第一人者であるアニタ·ポルシェが担当。ぬらっとした光沢感で、ヘビのリアリティを高めている。

こういった死生観を表したアートの中では、花は生を、骸骨は死を、そして砂時計が人生という時間を示している。つまりこの三つをダイヤル上に表現した「タンブール カルペ·ディエム」は、死生観をテーマとしたアートピースなのだ。

「残りの人生=ゼンマイの残量時間」ということで、砂時計がパワーリザーブ表示となっており、骸骨はやヘビは精密な彫金技法とエナメル技法で製作。2時位置のヘビ型プッシュボタンを押すと、ヘビが動き出すからくり機構となっている。

ヘビの頭が右側にずれると額のジャンピングアワーが現れ、さらにヘビのしっぽが動いてレトログラード式の分を表示し、さらに目の奥のモノグラム·フラワーの形が変わる。そして骸骨の口が開いて、その奥から「Carpe diem」の文字が現れるという高度な仕掛けになっている。こういったからくり機構は、18世紀ごろに生まれた古の技術であるが、これもLFTLVにて開発と製造を行っている。

こういった特別な時計は、研究開発だけでも数年を要する。開発段階では、“死の病”ともいえる新型コロナウィルスの影響で、まさか世界中が大混乱に陥るとは思っていなかっただろう。しかし死の病が蔓延した時代に生まれた“死のアート”とコロナ禍の社会情勢が融合してことで、このデザインと機構にさらに深い意味が加わった。こういった状況だからこそ、「カルペ·ディエム」の気持ちを忘れずに、毎日をポジティブに過ごしていくべきだと、時計が語り掛けてくるようだ。

ビザールウォッチというのは、単なる珍妙な時計ではない。人類が積み上げてきた哲学や文化を表現するものでもある。そして「タンブール カルペ·ディエム」は、この混迷の時代をどう生きるべきかを、教え諭してくれる時計なのである。

スカルにはモノグラム·フラワーが彫り込まれているが、これは著名な彫金師のディック·スティーマンによるもの。ヘビや砂時計の彫金も、彼の仕事である。

ケースのデザインは携帯用の太鼓をイメージした、優美なフォルムが特徴。美しい彫金仕上げを施した2時位置のプッシュボタンを押すと、からくり機構が動き出す。

ケースバックはシースルータイプ。ブラック仕上げのスカルが見える。

LOUIS VUITTON

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時計ジャーナリスト
篠田 哲生

1975年生まれ。講談社「ホットドッグ プレス」編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆。スイスやドイツでの時計工房などの取材経験も豊富。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。
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